ビジネスの世界の潮目が確実に変わっているのを感じます。
特にDXはフォローの風が吹いているようです。
機械化(IT化)による省力化、合理化、規格化は今更だが、経済合理性さえ成立するならば、直ぐにでも実行すれば良いでしょう。
しかし、DXは、ビジネスモデルや組織のあり方を大きく変えるラジカル・イノベーションです。
投資を含めた進め方には十分に注意が必要です。
何故、注意が必要なのでしょう?
残念ながら、日本企業の殆どが「馴れていない」のです。
そして、一番の問題は「馴れていない」「知らない」のを「理解できていない」ことでしょう。
以下のような課題が、日本企業のあちこちに存在しています。
(1)ラジカル・イノベーションのアイディアを如何に創出するのか
(2)本部長(役員)、部長クラスは、現行ビジネスの数字の方が大事、
3~5年先のラジカル・イノベーションによる新規事業には興味が無い
(3)ラジカル・イノベーションを探索するチームは、現行ビジネスを遂行中の殆どの社員から疎まれ、嫌われ、妬まれてしまう
(4)既存ビジネスの延長線上から抜けきれないビジネスモデルしか検討できない
皆さんは、企業文化と人間関係、やり遂げるべきミッションの狭間で苦しんだことは無いでしょうか。
私は、企業間をまたぐプロジェクトで、幾度もそういった経験があります。
例えば、電子マネーEdy(現在は楽天Edy、もともとはソニーで生まれた)、私は、そのビジネス開発の最前線にいました。
そういった経験も踏まえて、この課題4点についてお話したいと思います。
1)ラジカル・イノベーションのアイディアを如何に創出するのか
まず、ラジカル・イノベーションとは。
それは、ある朝起きてみたら世の中がガラリと変わってしまうような急進的なコトを指します。
イメージとしては、明日の朝「自動運転車」(いわゆるレベル5)が世の中に出現するというような。
例えば、本当に一夜で変化した訳ではありませんが、GAFAがマーケットにローンチしてきた様々なサービス。
あれらはラジカルなものだったといえるでしょう。
実際、彼らの会社の時価総額が1兆円を越えるのに要した時間は、どの日本企業に比べても圧倒的に短い時間でした。
さて、そのようなラジカルなイノベーションを生み出すために必要なことは何でしょうか?
新進気鋭のテクノロジー? それとも学会で驚愕された新たな情報?
時間も必要な資源だし、ひょっとしたらリラックス出来る環境が必要というヒトがいるかもしれません。
絶対的に必要なのは「柔らか頭」なのです。
そこに更に必要なのは、多様性の高いグループで「正しい発想のプロセス」に沿って闊達にブレスト(議論)することです。
ところが、あちこちの企業でヒアリングをしていると、正しいブレストの方法を、意外に知らない方が多いと感じます。
発想のプロセスとは、思考を何度も揺さぶって思い込みを解きほぐす作業を丁寧にする必要があります。
目指すべき方向性をリフレーミングしてみて「問い」を変化させてみるといったことは、初心者でも簡単にできる方法です。
ただ、もし初心者未満の場合は、まずは初心者になるよう、手順を理解する必要があります
実際、初心者未満でも「根拠無き自信をお持ちの方」が何故か大勢いらっしゃる。
「アイディア創出」のために天才は不要で、比較的確立された手法で創出することが可能です。
「学ぶ時間がない」とか「コンサルは高い」などと言わず、必要な時間と費用を使って、初心者になるためのノウハウを手に入れていただきたい。
「学びたくない」「俺の方が知っている」という気持ち(誤解)は、確実にラジカル・イノベーションを創出する壁になってしまいます。
2)本部長(役員)、部長クラスの方々は、現行ビジネスの数字の方が大事、
3~5年先のラジカル・イノベーシ2ョンによる新規事業には興味が無い
私が初めてこの事象に出会ったのは、某東証一部上場会社の「役員勉強会」で講演&ワークショップを担当した時でした。
その企業の社長が「これからはデジタルの時代だ」と冒頭に社員の前で話しをし、ディスカッションに移りました。
最初の営業本部の執行役員はこう発言しました。
「私たちは、達成ギリギリの売上目標を課されており、デジタルとかイノベーションに人員を割くことが出来ないのです。」
営業担当の役員各位からは拍手が上がり、社長は苦笑いです。
私は、こう返しました。
「とても良い問題提起だと思います。足元の数字は大事です。しかし、3~5年後の成長に資するリソースをどこからどのように割り当てるかは、
まさに中期計画を策定にあたり考えることですね。」
売上にコミットメントすべき役員の苦悩と、中期的な成長の為に投資すべきと考える社長とその側近との間に、溝があると強く感じました。
イノベーションを起こすためには、優秀な社員をその任に当たらせたい。
その優秀な社員は、優秀であるからこそ、現場で既存ビジネスの最前線でガッチリ稼いでいる。
一見ジレンマに見える、このリソース配分のさじ加減が経営の意志決定なのです。
しかし、既存ビジネスのヒーローは、必ずしもイノベーションアイディアを創出する(0 to 1)チーム員として最適という訳ではないのです。
もしかすると、最前線では「変人扱いされて」ちょっと疎まれているくらいが丁度良いかもしれない。
他方、1 to 10 とか 10 to 1000の場合は、既存ヒーローの方が向いているというのが常識だったりします。
いずれにしろ、「目先の稼ぎをどうするつもりか?」というのは、大企業でも中堅企業でも必ず発生するコンフリクトです。
数字を持たされている人達は、往々にして社内で強い立場です。
だからといって、中期的な成長のための投資を止めるのは、間違ったマネジメントの姿だと考えます。
3)ラジカル・イノベーションを探索するチームは、現行ビジネスを遂行中の殆どの社員から疎れ、嫌われ、妬まれてしまう
既存ビジネスを遂行しているチームは、「額に汗をして」「歯を食い縛りながら」利益を生み出して(squeeze)います。
その側からすると、イノベーションを探索(explore)するチームは、遊び半分で好きなことを勝手にやっているように見えることでしょう。
更に、経営トップは、何かと話題を振りまくexploreチームを可愛がりマスコミに紹介したりもするでしょう。
ここまでくると、squeezeチームが懸命に稼いだお金で、exploreチームが浪費するという構図に見え、squeezeチームも黙っていられなくなる。
相当な「いけず」を始めるケースが少なくありません。
「本番用データでシミュレーションさせてください」
「ダメに決まってるだろ!」
「生産ラインを貸して下さい」
「無理に決まっている!」
「小売店向けにパイロット商品を置かせて貰いたいのですが」
「商品を置いて貰える先を自分で新規開拓して来いよ!」
実際、この手の「いけず」は枚挙にいとまが無い。
こういう場合、経営者はオロオロせずに、社内に向けて次の様なメッセージを出して欲しい。
「squeeze部隊もexplore部隊も『能力の価値』に違いはない。」と。
つまり、会社にとってはどちらも大事で、いがみ合いをしないように明確にメッセージを発することです。
役割は違うし、その役割を担うための能力も違う。
しかし「能力の価値」は違わないのです。
この調整が上手く出来る組織は、イノベーションに成功すると言われています。
私の経験から言うと、例えばソニーはこの辺りの経営力に秀でているように感じました。
なので、当時新参者だった私に、非接触型ICカードを使った電子マネー開発プロジェクトを任せてくれたのだと思います。
補足:squeeze=英語で搾り取る、と訳しているが、exploit=搾取、と訳されることもある。しかし、exploitを「深化」と日本語訳する書籍もあるため、敢えてsqueezeと訳している。
4)既存ビジネスの延長線上から抜けきれないビジネスモデルしか検討できない
「既存のビジネスの延長線上」というのは、いろいろな現象が起きるものです。
極めて多いパターンは、既存ビジネスとほぼ同じことを指向してしまうこと。
例えば、メーカーであれば、デジタルのビジネスでも「自社にて(何かを)生産する」、
印刷業であれば「とにかく自社の印刷機を回したい」といった具合です。
「ビジネスモデルを変化させる」のですから、モノづくりの会社は、サービス業への転換といった風に、全く違う業界に参入できないかを第一に検討するべきです。
既存ビジネスの延長線上から抜けられないのは「強みを活かしたい」と思うからでしょう。
既存の強みは大事だから、そのリソースを最大限活用できるなら万々歳ではあります。
しかし、その強みを利活用するがゆえに、ビジネスモデルは既存のものと同一になることが多いのです。
既存ビジネスを遂行するには強みになりますが、そのリソース単独では強みを発揮することが無いことも多いということです。
特に装置産業などに、この現象が散見されます。
既存ビジネスの規模ほどの装置が不要になるからです。
この状況は、金融機関で説明すればわかりやすいかもしれません。
新しくコストを大幅に減少させた新規ビジネスを検討していても、既存の装置(概ねコンピュータ)を使うと、全く間尺に合わない。
しかし「あるのだから使えよ」ということになるのです。
いやいや、使ってはいけません。
クリステンセンが、「サンクコストを算入するな」と言った意味がここにあります。
「強みを更に伸ばせ」とは、ドラッガー先生の言葉ですが、それは「既存のビジネス」の話なのです。
新規ビジネスを立ち上げるときに、既存ビジネスの強みを活かすことを指している訳ではありません。
既存事業の中で、市場で優位に立っていない事業に目を向けると良いとクリステンセンがいったように、
まずは、そういう足元にある弱みを持った事業に目を向けてみては如何だろうか。
タッチコアは、DX推進における社内の理解を深め、投資を含めた進め方について一緒に考えたいと思っています。