業務改革(BPR)が再注目されているようです。
海外では1990年代に注目され、取り組みが始まりました。
ところが日本では話題にはなったものの、本気で取り組む企業は少なくほとんど浸透しませんでした。
その理由としては、ERPなどのIT導入に終始したり、改善活動が既に日本では浸透しており
業務改革の必要性についての理解が深まらなかったことがあると思っています。
再注目されている理由は、労働力の減少等いくつかありますが、急変する市場に企業が追随できなくなるのではという危機感が再認識されたからではと考えます。
動向としては妥当な気もしますが、多くの日本企業は本来の業務改革の目的を達成できていません。
その理由をいくつか話していきたいと思います。
■業務改善:業務改革ではなく業務改善
改善を英語ではimprovement と表現されます。
改革は、いくつかの単語はありますがre-engineering とか revolution 辺りが丁度良い感じでしょうか
日本語の語感では「改善<改革」という感じですが、英語でも似たような感覚かもしれません。
業務改革(re-engineering)とは「企業における、既存の管理方法や業務プロセスを抜本的に見直し、変更すること」という意味なので、企業の戦略変更に従って発生するアクティビティです。
では、業務改善(improvement)とは如何なるものか。
ビジネスの根本的な変革を必要としない「軽目」な変更くらいの意味と捉える感じでしょうか。
さて、日本企業では「業務改革」という名で「業務改善」をしているケースが散見される。
なので、業務改善という「軽目」の変更について話そうと思う。
私は、基本的にエコノミクスが合致するならば「大いにやるべし」だと考えます。
エコノミクスが合わない場合に「小西さん、知恵を貸してください」という話をいただくことがあります。
しかし、エコノミクスが合わないのならば業務改善にはならないので「実施不可です」と諭すことになります。
■業務改善:課題なのか困りごとなのか
クライアントから業務改善の相談をいただくことがあります。
あるクライアントは、人事部門の業務改善プロジェクトのキックオフミーティングに呼ばれ参加してきたとのこと。
「上級管理職のボーナス計算が手作業になっていて、その時期になると人事部全員が残業だらけになる」
「海外帰任者の手当ての計算がエクセルでしか計算出来ない仕組みになっている」
「社員食堂が社員証で食べることが出来て給与天引きしているのだが、この計算は、全て手作業であり喫食データが送られてきたら5日間はまともに帰宅出来ない」
などなど…、日々のオペレーションの課題(人事部門は課題だと思っている)1000本ノックかと思うくらい多く出てきたとのこと。
更に、このクライアントはこの会議に出席していて『何となく既視感がする』と思ったそうです。
一昨年、生産部門でデジタル・トランスフォーメーション(DX)プロジェクトを立ち上げた時に同じ感じがしたと言うのです。
「最終生産ラインからテスト工程に製品を流すのは手作業になっている」
「多品種少量に対応する為に、ipadを持ち込んで表計算ソフトを使って生産設備のパラメーターを毎回変えている」
「生産ラインの人材配置を工場長自らが朝7時に出勤してシフト調整をして8時20分の始業に間に合わせている」
などなど…。こちらも1000本ノック。
そこで私のクライアントは、どちらの部門にもこう尋ねたそうです。
「何をしたいのですか?」
するとどちらの部門も、「だから、困っているのですよ」と同じことを再度話はじめたと言います。
クライアントは、当社の人事戦略、生産戦略について「どうしたいのか?」ということを考える人は現場には何処にもいないと嘆いていました。
一方で、人事や生産の役員を相手に「方針」「戦略」といった上位レベルの議論をするも、役員もその部署の生え抜きで、結局は機械化や自動化にしか感心が無いと言う。
そこで、こういう現場を相手に「業務改革」などと言おうものなら、蜂の巣をつついたように大騒ぎになるに違いないので「業務改善」と呼ぶことにしていると話していました。
人事部門と生産部門の「困りごと」に対応するのが業務改善なのでしょうか。
無論、困りごとに対応するのを否定している訳ではありません。
ただ、こういう場合によくよく陥るのが「システム導入」です。
例えば、良くあるのが現行システム保守終了に伴う新システム導入、これを業務改善プロジェクトなどとするケース。
現行システムで問題なく業務が動いているのならば(基本的な業務構造の変更が前提になければ)、旧システムから新システムへの移行は、絶対では無いと心得るべきです。
ITベンダーに「困りごと」をインプットしようものなら、こう言って小躍りをして喜ぶに違いありません。
「ピッタリのソリューションをご提供いたします!」
■業務改善:エコノミクスが成立するか否かで判断しよう
業務改革と業務改善は、どちらも業務の効率化を目指す取り組みですが、そのアプローチや影響の範囲に大きな違いがあります。
業務改善について前項目で、人事部門や生産部門に課題を尋ねたらという実例をお話ししました。
「そんなに分かっているのなら早く修正すれば良いのに」と感じた方もおられるのではないでしょうか。
とあるIT企業の社長にこの話をしたところ「当社にも、この手のご依頼をいただきますが、正直困るのです」と言います。
仕事の依頼をもらって困る、というのはどういうことなのでしょうか?
この社長は正直に話してくれました。
「ツールを作ったり、システムを改修したりする費用などを回収するのに軽く10年は掛かるのが目に見えているのです」
課題だと指摘していることは簡単なことばかりであり、機械化要件としての難易度は低い。
だからと言って、開発費用が安価でもないのは言うまでもありません。
要するに、最初から開発費用を上乗せすることもできず、のべたんその回収に時間が掛かると言う訳です。
私は「業務改善はエコノミクスが成立するなら直ぐにやるべし」と断言します。
しかし、一般的な企業で言うところの課題(業務改善のネタ)は、エコノミクスが成立しないことが多いのです。
ではシステムの内製化を進めれば良いのではないかと考えた方、半分正解だが半分は不正解です。
当然ですが、システム開発の内製化をしても開発費用は「無料」ではありません。
更に、エコノミクスが成立しない開発案件を実施している間に、他に重要な開発案件が止まるという「機会損失」が発生している訳で、実際には無茶苦茶な損失が発生しているかもしれません。
では、もう半分はノーコードツールによる現場開発をすれば良いと考えた方がおられるでしょう。
もし、現場で開発が出来る環境が整備されているのなら正解ですが、困りごとレベルを鑑みると環境が整備されているとは言い難い事の方が多いのではないでしょうか。
話は、少し変わりますが、氷山モデルという考え方がシステム思考にあることをご存知でしょうか。
「氷山の一角」とよく言うように、目に見えている現象は、そもそもの課題の根源は見えていないところに起因しているという考え方です。
何故、困りごとが山積されてしまうのかについて議論を深めなければ、エコノミクスが成立しない投資をしても、また3年も経てば似たような状況に陥るでしょう。
どうすれば良いのでしょうか?
■業務改善:氷山の一角を何とかしようとする
「氷山の一角」、目に見えている現象はほんの一部です。
氷山の本体は、本当はもっと大きいしそこに解決策(ソリューション)を提供しなければならないのに、そこは見て見ぬ振りをするのが常態化しています。
根本的な課題解決のためには「氷山の一角」への対症療法ではなく、問題の本質に迫るべきなのだと言うことを忘れてはなりません。
「道路の渋滞を解消する方法を考えてください」
弊社のワークショップで良く使う演習課題です。
直感的に「バイパスを通す」とか「車線を拡げる」といった回答が最も多くなります。
では、この通りの「ソリューション」を提供すると何が起きるでしょうか?
かなりの高確率で「バイパスも渋滞する」「すべての車線で渋滞が起きる」、つまり自動車がもっと多く流入するだけなのです。
お題は「渋滞を解消すること」で、更に渋滞させては意味がありません。
アインシュタインは、「Problems cannot be solved by the same level of thinking that created them」と言ったそうです。(日本語なら「問題を作ったときと同じレベルでは解決できない」)
土木国家ニッポンにおいて道路を作った人達が「またまた道路を作る」ことで問題を解決しようとしても、無理なのだということです。
渋滞を起こしている本当の「氷山の下に隠されている事実」を見なければ本当の問題解決にはなりません。
道路が渋滞するのは「その道路が便利で快適」で、皆が利用するからでしょう。
では、逆に道路を利用する為に不便を強いたらどうでしょうか?
有料とか運転しにくく不快な道路にしたら道路を利用する人々が減るのではないでしょうか。
渋滞を起こしている原因を取り除くという解法に向かっただけのことです。
通りにくい道路に意味があるのかと言う方がいると思いますが、渋滞する道路に意味があるのかと逆に問います。
「渋滞を解消する」という命題に対して「便利さを損なわずに」とか「道路の沿線発展を阻害しないように」とかの条件を勝手に付加してしまうのは土木国家に毒された思考ではないでしょうか。
何でもかんでも便利にすれば良いと言うものではないと、私は思うのです。
さて、問いかけたかったのは「根本的な原因を追及する姿勢を忘れて小手先対応をしようとしていないか」ということです。
「そういう根本的な課題に迫るとちょっとした改善では済まない」と言われることがしばしばあります。
しかし、小手先の困りごと解決の殆どはエコノミクスが成立しないというのも事実です。
ただ、業務改革となれば、現場からの猛反対を受けるに違いない。
そこで、困り果ててコンサルタント雇おうということになるケースを沢山見ました。
根本的に解決もしたくないけど、エコノミクスも成立しないから外部の知恵を借りる…何とも虫の良い話である。
本当にすべきことを理解出来ているのだろうかと思います。
私は、様々な場面でこのように話します。
「やれそうなことを考えるのではなくて、すべきことを考える」
更に、すべきコトをする為に出来ない原因を解決するための方策を一生懸命に考えることが大事だということ。
間違っても、テクノロジを利用する為に解決法を捏造してはいけません。
そういう意味では、最近「生成AIで解決します」と言うアイディアが増えてきて閉口します。
問題の根本は何であるかに迫りたくないのは、何故なのでしょうか?
■業務改善:本質に触れたくない
多くの「改善」担当者は「問題の根本は何であるかに迫りたくないだけ」のように見えます。
それは何故か、面倒だからというのが答えかもしれません。
仕事をさぼっている訳ではなく、本質に迫ることは大事だし、本質が海中に沈んでいて普通には見えないことも担当者は知っているのです。
だからこそコンサルを雇って詳らかにするのだと言うのであれば私たちも喜んで加勢するのですが、少し違うようです。
本質に迫っても、その部分は「改善」出来ないだろうと考えています。
だから、本質ではなく目に見える部分の「改善」について知恵を貸してほしいと言うのです。
本質を外して何かをするのは、時間もお金も無駄になるだけなのでお勧めしないどころか、止めた方が良いと思います。
課題なのか愚痴なのか良く分からないことを解決するにはエコノミクスが成立しません。
ちなみに、エコノミクスが成立しない最大の原因は主訴が「○○人減らすことが出来ます」と言うのが多くあります。
はっきり言いましょう、人は減りません。
その仕事が機械化されて合理化されても、人は減らないのです。
一般的に「人が足りない」と社内の色々なところから聞こえてくるのに「改善に成功したので○○人を引き取ってください」とアナウンスした瞬間に「聞いてないフリ」で知らん顔になります。
ツールなどで機械化出来る仕事を担当していた人員は、何処に行っても不要と言うことでしょう。
例えば、リスキリングが流行っているようですが、このレイヤーにリスキリング教育を施す企業は殆ど聞きません。
いやはや本当に悲しい日本企業の実態だと思うのは、私だけでしょうか。
ちなみに、日本の労働生産性についてはOECDに加盟する38ヶ国中、30位にランキングされています(2023年12月22日発表資料から)
改善とは、現場の創意工夫であり、継続的に続けて更に品質の向上を目指すものです。
だからこそPDCAサイクルが重要であり、たゆまぬ努力が必要です。
もし、こういうPDCAサイクルを上手く回すために組織を巻き込み体制作りをするためのコンサルを雇うなら「大正解」です。
しかし、実際に「カイゼン」現場で仕事をしたコンサルから恐ろしい話を聞いたことがあります。
「現場は『変えたくない』の一点張りで『ヒトの仕事に口を挟むな』と言われる始末でして任期半ばだったのですが、辞退しました」
そのコンサルタントは、変更管理(チェンジマネジメント)が得意ではなかったことも手伝って八方塞がりになったのかもしれません。
それにしても、コンサルが請負った仕事を辞退するとはよほどの反発があったことが想像できます。
話を戻しましょう。
「問題の根本は何であるかに迫りたくないだけ」なのは何故か?
実は、面倒でも、殆どの担当者は「本質に迫る努力」はしているように見えます。
しかし断念するのです。
先ほどの例のように「現場があまりにも頑なすぎる」「経営の方針が出されていない」とか「カイゼンチームがあまりも非力」といったことが原因でしょう。
結局、経営トップが現状を理解出来ておらず機能していないということでしょうか。
先日、某企業の管理職研修で「三現主義」について話をしました。
経営者が“現場”“現物”“現実”を理解していないのでは、本気で企業成長など有り得ないと思います。
大変残念なことに、こういう経営に限って私たちのような外部からの意見に耳を貸さないというのも特徴であるのですが。
合同会社タッチコア 代表 小西一有
ゼヒトモ内でのプロフィール: 合同会社タッチコア, ゼヒトモのコンサルティングサービス, 仕事をお願いしたい依頼者と様々な「プロ」をつなぐサービス