IT導入の主たる目的は既存業務の効率化による生産性向上です。
上手にITを導入することが出来れば、結果としてコスト削減や労働環境の改善、さらに売上拡大というベネフィットを得ることができます。
また、結果がでてから「どうする(どうしていく)」という目標をもっておくべきでしょう。
ちなみに、よくある話ですがコスト削減に人件費の削減を掲げる企業があります。
(ITを売り込むITベンダーが謳う場合もあります)
大間違いです。
あくまで生産性向上によりコスト削減が成されるわけで、とある業務を機械化したからといってそこに携わっていた人が削減される訳ではありません。
携わっていた人材を如何にして他業務で活躍できる人材にしておくかは、IT導入前からの人材育成計画が必要です。
IT導入の順番は当然のことですが、目的→準備→IT導入→(結果)の順番です。
ところが、この順番を間違えていることがとても多いのです。
何故そんなことが起こるのかは、別の回でお話ししたいと思います。
今回は、順番を間違えたケースのご紹介と、結果を得るために周到な準備をしたケースをご紹介したいと思います。
■IT導入:何を変えたいのかわからないケース
私の娘が小学校4年生くらいだっただろうか、10数年以上前の話です。
「父親参観のご案内」が届きました。
「当校では、教育施設の充実を目指して「電子黒板」を導入し日々の授業に使用し始めましたので、是非ともお父さま方に参観いただきたく…」
学校は授業料お高めの私立小学校だからなのか、公立小学校よりも圧倒的に早く「電子黒板」を導入したということでした。
子供たちにも一人一人に端末(手書きのタッチパッドのようなもの)が配られていて、それが電子黒板に繋がっていました。
「この問題を解いて解答をタッチパッドに書いて下さいね」
先生は子供たち全員が何を書いているのか手元で見られる仕組み。
授業では「はい、○○○さんの解答を見てみましょう」と、テレビのクイズ番組のように少しずつ「解答を見ていく」ような進め方でした。
テレビのクイズ番組なら、大きく外している解答者から解答を見ていき、最後に正解者の解答をあけるという演出をするでしょうが。
さて、この父親参観での問題は、何が(what)どのように(how)使われていたのかではありません。
参観後「お父様方へ」と題したアンケートが配られました。
先方の期待としては、先進的な設備を導入した学校に対しての謝辞だとか、子女に最新の学びが提供されているという喜びを感想に書いて欲しかったのだと思います。
少子化の中で私立の小学校は経営難に陥る可能性の高い業種ですし、アンケートを取ってフィードバックをすることは常套手段です。
私は、以下のように書きました。
『電子黒板を利用した授業を参観させていただきまして有り難うございます。また、平素から娘がお世話になっており心から御礼申し上げます。
その上で1つ質問があるのです。電子黒板を導入した目的(why)です。
多分、現行教育の何かを変えたくて電子黒板を導入されたのだと思いますが、
(1)現行の問題点は何で、
(2)電子黒板を導入したことにより改善を計画されていると思うのですが如何なる目標を掲げておられるのか?
を教えていただけますと有り難いです』
そう、問題は、何が(what)どのように(how)使われていたのかではなく、IT導入の目的・目標が分らなかったことです。
結果、何が起きたか。
娘は職員室に呼ばれて「あなたのお父さんは何モノ(何をしている人)ですか?」と詰問されたそうです。
大体それも如何なモノかと思うし、更には上記の質問には一切回答して貰えませんでした。
私の質問は「変」だったのでしょうか?
目的を追求してはいけない理由があったのでしょうか?
余談ですが、娘には「もう父親参観には来ないでほしい」と言われてしまいました。
■IT導入:誰の為かわからないケース
かれこれ13年程前になりますが、所属していた学会から韓国に視察に行ったことがあります。
丁度、世界デジタル政府ランキング(国連版)で韓国が第1位だった頃です。
確か、その時日本は17位とか18位とかにランキングされていたので、韓国で何が起きているのかどうしても知りたかったのです。
韓国では、休む暇も無く色々なところを視察して回りましたが、電子教科書・電子黒板を導入した小学校の授業参観をさせてもらった時のことは強く印象に残っています。
私の記憶が確かなら、小学4年生の社会科の授業で大韓民国の歴史についてでした。
児童達が持っているのはHP製のノートパソコンで、液晶ディスプレイ部がかなりフレキシブルに動かすことが出来る(自分に向けたり対面の人に向けたりも出来る)もの。
黒板は「かなり完成度が高く」教科書の内容に沿ってアニメーションやBGMなどを発するように工夫されており、未来の授業を彷彿させるものだったと記憶しています。
先生も児童も、電子教科書のシナリオ通りに授業を進めているように見えて、そういう意味でも「完成度が高い」と賞賛できるものでした。
授業参観が終わった後に、私たち視察団と校長室に案内され校長先生と授業担当の女性の先生、少しベテランの男性の先生も同席の意見交換の場が設けられていました。
校長:「わが校は、授業の電子化推進の政府指定校になっていて、実験的に電子化しているクラスと今までと同様に紙の教科書で授業進めているクラスが混在しています」
私たち:「とても完成度の高い授業をされていたように見えましたが、先生方の技能修得に要した苦労などはありますか?」
女性の先生:「昨年1年間、私も彼(男性教師を指して)も土日含めてお休みが一切無く、ずっと電子教科書での授業進行の研修を受けていました」(ちょっと涙ぐんでいるようにも見えた)
男性の先生:「未だ電子化を始めたばかりですし、1年間休み無しで研修を受けて1学年分の授業進行方法を習得しますので、先々はそういうところも改善が必要だと思います」
女性の先生:「新しい学年を受け持つことになれば、また1年間は休みがありませんので、今の学年だけしか教えたくないというのが本音です」(やはり涙ぐんでいるようにも見えた)
私たち:「ところで、電子教科書・電子黒板を使うクラスと、従来通りの紙の教科書、通常の黒板で授業をしているクラスが混在しているとのことでしたが、対照実験の内容は何ですか?」
校長「今のところ、電子化クラスと従来通りのクラスで成績の違いはありません」
私たち:「成績と言うのはペーパーテストですか?」
校長:「そうです。習熟度を測るテストです」
私たち:「そもそも電子教科書・電子黒板は、如何なる目的で導入されたのですか?」
校長:「それは政府の決定であって、私たち現場はそれに従っているのです」
これ以外にも多くの意見交換(いや、色々と韓国の教育事情を教えて貰った)をさせていただいた。
学校を後にして視察団だけになった時に、韓国人のツアーコンダクターからこんな風に聞いたのです。
「国連の電子政府ランキング上位になったことで、電子教科書や電子黒板などの設備に対してのノウハウをどの国よりも早く確立させて、上手くすれば海外から電子化を受託して外貨を獲得したいという思惑が政府にはあるのです」
教育現場の課題を解決する為ではないのか…。
そんな溜息が、視察団一同から聞こえました。
遅かれ早かれ教科書は完全に電子化されるでしょう。
先述の通り、正直、韓国でみたデモンストレーション(敢えてこう呼ばせて貰う)はあまりにも完成度が高すぎて「ショー」を見ているかのようでした。
そんなしっかりとシナリオ化することに、如何ほどの意味があるのでしょうか?
しかも、先生は辛くてキツくて涙ぐんでいたのに、です。
■IT導入:成功には周到な準備が肝要
今、生成AIブームです。
弊社が無料で開催している「輪読会」でも複数の参加者は生成AIで資料を作成してきます。
要約自体は、自身で書籍を読んで取り纏めて、その内容に合わせて生成AIにスライドを作らるのです。
生成AIのイメージする世界は、なかなか面白くユニークなイラストや写真が多いと感じます。
こういうツールを上手に使用して仕事の効率化を図る機会は、今後ますます増えてくるのではないでしょうか。
さて、先日、某製薬メーカーさんの講演を聞く機会をいただきました。
このメーカーさんは、ほぼOTC薬(薬局・薬店で一般消費者向けに販売されている薬)を製造・販売されている企業でドラッグストアなど量販店に商品を売り込むのが主な営業活動です。
講演の触れ込みは「売上高を爆上げする為に生成AIを使用して結果を出しました」というものでした。
「売上高は爆上げ」しているのだと言います。
全国にドラッグストアは、約2万店存在していると言われています。
この店舗を自社の営業社員だけでカバーするのは無理なので、同社では臨店業務を外部委託しているそうです。
この委託先から1日に営業社員1人辺り10数件くらいのレポートが上がってくるといいます。
1日でも目を通さなければ、あっという間に相当量のレポートが詰みあがってしまいます。
この製薬メーカーが一番恐れていることは「欠品」だと言います。
欠品とは、店舗で販売する用の商品だけではなく、スキンケア製品などの「テスター」なども対象です。
確かに欠品は販売機会を失うだけでなく、ドラッグストアに直接的に迷惑をかけてしまうからです。
レポートに「○○○が欠品していました」「○○○の入庫予定が分からないとのことでした」という報告を見逃してはならないということ。
他には、同社が用意したPOPやポスターなども店舗によっては使ってくれていないなどの報告もあるそうです。
しかし、毎日の大量レポートから欠品もしくは欠品に繋がるような情報だけ拾い上げるのは、そこそこ重労働でもあります。
もちろん、欠品していたら「直ぐに届けなければならない」し、謝罪に行くことも営業社員の仕事です。
営業社員が速やかに行動すべき事象が幾らでもあるのですが、レポートを毎日々熟読するには少々無理があります。
そこで生成AIの登場です。
外部の委託先から上がってきた報告書を生成AIに食わせて「テスターが欠品している店舗」とプロンプトで尋ねれば、あら不思議!
「商品の欠品」「テスター欠品」店舗が一覧で出てくるようになったのだそう。
話は、これだけでは終わりません。
大事なのはココからで、「営業社員が一番困っていること」についてのワークショップを何回も何回も開催し、丹念に意見を拾い上げることから出発したのだそうです。
そして、営業社員には「プロンプト」で生成AIを如何に使うかのトレーニングをかなりの時間を掛けて実施されました。
生成AIのプロンプト使用の方法を教えるにしても「現場の課題を熟知」していれば教え方も上手になるでしょう。
これは私の想像ですが、業務委託先の臨店員さんのレポートもマッチする書き方でお願いをしているのではないでしょうか。
ナラティブな日本語の平文でレポートを書かれては如何にAIでも引っ掛からないかもしれませんから。
「生成AIを使って営業成績を爆上げした」と言う触れ込みは嘘ではないようです。
ポイントは、生成AIを導入して結果を出すために「もの凄く用意周到に準備し実行した」ということなのです。
『機械化』で結果を出す事例ですが、ここまでやれば素晴らしいものです。
目的も目標も持たずに「電子化」してみましたとは雲泥の差です。
皆さんのデジタル化は、何処を目指していますか?
合同会社タッチコア 代表 小西一有
ー社外CIO、IT投資、業務改革、情シス変革、ご相談くださいー