TouchCore Blog | 業務改革とモデリング―「業務設計」を置き去りにしないために
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業務改革とモデリング―「業務設計」を置き去りにしないために

(はじめに)IT企業の社長が泣いていた
これは、私の友人である中堅IT企業の社長が、ある日ぽつりと語った実話です。


「数ヶ月前、バックオフィス部門に業務改革を指示したんだ。これまで手作業だった経費精算や勤怠管理、各種申請の処理に手間がかかっていたから、そろそろ抜本的に見直そうと考えてね。でも、蓋を開けてみたら…なんのことはない、ツールを1つ導入して終わっていたんだよ。
確かに少しは便利になったかもしれない。でもね、本当に見直して欲しかったのは『業務そのもののあり方』だったんだ。現場は“今の仕事”を前提にして、二重入力などの無駄を削減する方向で動いたらしいけれど、実のところ重複入力なんて滅多にない。そうじゃない、私は“なぜその業務が必要か”から考えてほしかったんだよ。」


このエピソードは、業務改革とIT導入の本質的な違いを如実に物語っています。業務改革とは、単なる効率化やツールの導入ではありません。昭和の時代であれば「無理・無駄・無茶の排除」と表現されたかもしれませんが、現代における真の業務改革とは、部門間の調整・確認・承認といった“組織の摩擦”をゼロに近づける、構造的かつ全体最適の取り組みなのです。
この意味で、「コンウェイの法則」が示すように、組織構造がそのままシステム構造に反映されるという現象は本質を突いています。真の業務改革とは、経営の意図する構造改革が業務モデルとして可視化され、ITシステムとして実装されている状態を指します。それができたとき、初めてそれを「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と呼ぶことができるのです。

この社長の言葉に含まれていたのは、“ツールではなく業務構造を変えてほしかった”という想いです。トップマネジメントの構造改革意志がITにまで貫かれてこそ、業務改革は意味を持ちます。
今回は、業務構造の再設計の重要性と方法についてお話ししたいと思います。
(1)業務改革とシステム化は両輪である
(2)情報システムには業務プロセスが実装されている
(3)業務設計はビジネスアーキテクトが担うべき
(4)モデリング手法を用いることで継続的な業務メンテナンスが可能になる  
(5)モデリングを導入している企業は稀だが、価値は非常に高い
(6)日本で業務モデリングが採用されない理由
(7)モデリングを導入するために必要なスキルセットとは
(8)モデリングを導入するためにマネジメントが注力すべきことと

(1)業務改革とシステム化は両輪である
まず強調したいのは、業務改革とシステム化は両輪であるという事実です。
多くの現場では、課題を解決する手段として新たなITツールや業務システムの導入が先行しがちです。しかし、「業務そのもの」が旧態依然としたままでは、システムが導入されても本来の効果を発揮することはありません。たとえば、非効率な承認フローがそのままシステム上に再現された場合、紙の帳票が画面に置き換わっただけで、業務効率はさほど改善されません。「デジタル化」はしても「業務改革」はしていない、という状況です。
真に成果を出すDXとは、業務プロセスそのものを見直すことと、それを支えるシステム設計とを並行して進めることが前提になります。片輪だけで進もうとすれば、いずれ限界が訪れます。

(2)情報システムには業務プロセスが実装されている

情報システムは、単なるデータの保管庫や便利なツールではありません。実際には、企業の業務プロセスそのものをコード化・自動化したものといえます。
たとえば、営業管理システムであれば「見積作成 → 上長承認 → 顧客送付」といった一連のプロセスが、ワークフローやロジックとして組み込まれています。この意味で、情報システムは業務の“型”を決定づける強力な存在です。
しかし多くの現場では、その業務プロセスの設計や定義を明確に行う専門家がいないのが実情です。システムベンダーに任せきりになり、「こうしてほしい」「なんとなく今のやり方を踏襲して」といった曖昧な要件だけが並ぶケースも散見されます。
このような背景から、現場主導だけでは業務改革とシステム構築の整合性が取りにくくなっているのです。

(3)業務設計はビジネスアーキテクトが担うべき

では、誰が業務設計を担うべきなのでしょうか?
答えは明確です。ビジネスアーキテクト(業務設計の専門職)がその役割を果たすべきです。
ビジネスアーキテクトとは、業務の目的・ルール・手順を体系的に構造化し、全体最適の視点から業務とシステムの橋渡しを行う人材です。彼らは現場の業務をヒアリングしながら、企業全体の目標と整合する業務プロセスを設計します。
ここで重要なのは、業務設計は「現場の人が片手間に行えるものではない」という認識です。現場の知見は不可欠ですが、全体の論理構造を描き直す能力は別のスキルセットです。だからこそ、ビジネスアーキテクトという専門職が必要なのです。

(4)モデリング手法を用いることで継続的な業務メンテナンスが可能になる

業務設計にあたっては、モデリング手法(BPMN、DFD、ER図など)を活用することが極めて有効です。
モデリングは、業務の構造を「見える化」する技術です。たとえば、BPMNを使えば、業務フローや意思決定の分岐を図式的に表現できます。これにより、属人化していた業務も、誰にでも理解可能な「業務設計書」として残すことができます。
さらにモデリングの利点は、一度作って終わりではなく、状況変化に応じて更新・メンテナンスができる点にあります。たとえば、法令改正や人員配置の変更に応じて、業務フローを更新し、それを即座にシステムに反映させることが可能です。
これは、属人的・場当たり的な業務改善では到底実現できないレベルの柔軟性と一貫性を企業にもたらします。

(5)モデリングを導入している企業は稀だが、価値は非常に高い

現状、モデリングを本格的に導入している日本企業はごくわずかです。理由は明快で、業務モデリングを担える人材が育っていないからです。また、「業務を図式化するなんて意味があるのか?」という誤解も根強く残っています。
しかし、実際にモデリングを取り入れて業務設計を行っている企業では、以下のような成果が報告されています。
・業務フローの標準化と共有が促進され、属人化が解消された
・システム開発時の要件定義が明確化し、開発期間とコストが大幅に削減
・現場からの業務改善提案が構造的に行えるようになった
つまり、モデリングは一度導入すれば継続的に効果を発揮する「知的インフラ」なのです。                          ゆえに、今後の企業にとっては、ビジネスアーキテクト人材の社内育成が不可欠です。

(6)日本で業務モデリングが採用されない理由

日本企業で業務モデリングがなかなか採用されない理由はいくつかあります。
第一に、「業務をモデル化する」という発想自体が現場に浸透していないことです。OJTや属人的な引継ぎによって業務を学ぶ文化が根強く、業務プロセスを明示的に言語化・図式化するという習慣があまりありません。
第二に、モデリングに関する教育や研修機会が限られていることです。BPMNやUMLといった手法は、情報系の専門教育を受けた人以外にはほとんど知られていません。
第三に、業務モデリングには一定の初期投資と推進力が必要であり、短期的なROIを重視する文化とは相性が悪いのです。

(7)モデリングを導入するために必要なスキルセットとは

モデリングを導入し、活用していくためには、以下のようなスキルセットが必要です。
・業務ヒアリング力:現場の実務者から業務内容を正確に引き出す力
・モデリング技術:BPMN、UMLなどのモデリング手法に関する知識と実践力
・論理的思考力:複雑な業務構造を整理し、矛盾なく構築する能力
・システムとの整合性理解:業務設計とシステム設計の橋渡しができる力                              
・文書化と伝達力:関係者との合意形成に必要な資料作成・説明能力

(8)モデリングを導入するためにマネジメントが注力すべきこととは

モデリング導入は現場の努力だけでは難しく、マネジメント層の支援が不可欠です。
まず、経営層が業務設計を「業務改革の基盤」として位置づけ、トップダウンで推進の意志を示すことが重要です。
また、専任または兼任のビジネスアーキテクトを配置し、育成する体制を整えることが求められます。短期KPIではなく、中長期視点で評価する文化も必要です。
さらに、業務モデルを形式的に終わらせず、日常業務の改善活動へ活用していくことで、定着が進みます。

(最後に)

DXの本質は単なるデジタル化ではなく、業務構造そのものを見直し、再設計することにあります。
そのためには、現場の業務を把握し、全体最適の視点で設計できるビジネスアーキテクトの存在が不可欠です。そして、それを支える手段がモデリングであり、マネジメントがそれを支援することで、初めて持続可能な業務改革が実現します。
業務プロセスの構造改革を実現し、それを情報システムに落とし込む。
この一連の流れを自社で回せるようになることこそ、真の意味でのDXであり、企業の競争力そのものとなるのです。
これからの時代、業務改革を本質から考える企業こそが、未来の市場を切り拓いていくことでしょう。


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合同会社タッチコア 代表 小西一有