
中小企業の経営者と話していると、必ずと言っていいほど出てくる悩みがあります。
それは「マネージャーを任せられる人材がいない」というものです。
プレイングマネージャーの是非もよく話題になります。「現場も管理もやらせるのは酷ではないか」「管理に専念させた方が良いのでは」─こうした議論は、本当に多くの方から伺います。ですが私は、プレイングマネージャーという存在そのものは決して悪いとは思っていません。むしろ、中小企業においては“現場を持っているマネージャー”が極めて重要です。
その理由はシンプルで、現場の目線を失わずに済むからです。そしてもう一つ──これが実はもっと大切なのですが─部下の誰よりも動き、誰よりも全体を見渡せていることを誇示できるからです。中小企業では「現場を知っている人の言葉しか刺さらない」という現実があります。現場の動きと構造を理解している人が指示するからこそ、部下は自然と従いやすいのです。
ですので、プレイングマネージャーという形式そのものに問題があるわけではありません。本当の問題は、もっと別のところにあります。
■ 経営者が実は最も困っているのは「翻訳できるマネージャーがいない」こと
多くの経営者が悩んでいる本質は、実は「戦略を翻訳できるマネージャーがいない」という点にあります。
経営者は、常に未来を考えています。市場環境の変化、顧客行動の変化、競争環境の変化。こうした外部環境を踏まえながら、「次どこに向かうべきか」を考えるのが経営者の役割です。しかし、この“経営者の言葉”は、多くの場合そのままでは現場に届きません。
経営者が語る言葉は、抽象度が高いのです。
たとえば、
•「もっと顧客価値を上げよう」
•「生産性を上げる仕組みに変える」
•「属人化を解消していく」
•「より付加価値の高い領域に移行する」
これらは経営としては当然の方向性ですが、現場にとっては「で、具体的に何をすればいいの?」という話です。
この“抽象と具体のギャップ”を埋める存在こそが、マネージャーです。
ところが、その役割を果たせている人がほとんどいません。
つまり経営者が本当に求めているのは、
経営者の意図を読み取り、構造化し、現場の言葉に翻訳して伝えられるマネージャー
なのです。
私はこれを「戦略翻訳者(ストラテジック・トランスレーター)」と呼んでいます。
■ 2代目・若手経営者ほど、この悩みは深刻
特に、2代目や若手の経営者はこの問題に直面しやすい傾向にあります。
先代は「背中で語る」タイプが多く、現場や幹部はその姿を見て暗黙知として理解していました。しかし2代目経営者は、それとは違うアプローチを選ばざるを得ません。今の時代、ロジックで語り、言語化し、戦略を伝えることが求められます。
ところが、その言葉を現場に翻訳してくれるマネージャーがいなければ、経営者は孤独です。
経営者:「こうしたいんだ」
マネージャー:「……で、具体的には?」
現場:「自分たちに何が求められているのか分からない」
こうした状態が続くと、会社は動けなくなります。
■ マネージャーとして必要なのは「現場」と「戦略」の両方を見渡す力
では、どう育てればいいのか。
プレイヤーから管理職への転換がうまくいかない理由は、スキルセットの変化を本人も会社も理解していないからです。
マネージャーに必要なのは、次の3つです。
① 経営者の意図を“読み取る”力
言葉そのものではなく、背後の論理や構造を理解する力です。
② 現場が動ける言葉に“翻訳する”力
抽象から具体へ。戦略を行動に割り戻す能力です。
③ 現場と構造を同時に見る“俯瞰力”
プレイングでも良いのですが、現場の渦に飲まれて視野が狭くなるのはNG。
プレイしつつ、俯瞰する。この両立が求められます。
これらはセンスではなく「技術」です。訓練すれば伸びる能力です。
■ マネージャーを“専門職”にするという考え方
経営者の中には、「うちの社員にそこまでのスキルは無理だ」と思う方もいます。しかしそれは誤解です。
マネジメントは“専門職”です。
専門職である以上、育成プロセスが必要です。
• 構造化の練習
• 伝達の練習
• 目標設定の練習
• メンバーの動きを観察する練習
こうしたプロセスを踏むことで、誰でも一定レベルまでは成長できます。
そして、プレイングマネージャーでも構いません。ただし「プレイヤー兼任」ではなく、「マネジメントを専門職として扱い、その能力を鍛える」というスタンスを企業全体で持つことが重要です。
■まとめ:マネージャー不在の会社は、戦略が“地面に届かない”
最終的に、会社が動くかどうかはここにかかっています。
経営者の戦略が現場に届くのか。
届いたときに現場が正しく動けるのか。
その橋渡しをするのがマネージャーです。
プレイングがどうかは本質ではありません。
本質は「戦略を翻訳し、構造化し、現場に落とし込めるマネージャー」が存在するかどうか。
この役割を担う人材を育てられれば、中小企業でも組織は驚くほど変わります。
逆に、ここが欠けている限り、どれだけ優れた戦略を描いても実行されません。
あなたの会社には、戦略を翻訳できるマネージャーがいるでしょうか。
もし不在なら、そこが成長のボトルネックかもしれません。
合同会社タッチコア 小西一有