TouchCore Blog | File54-1 間違いだらけの要件定義ー「情報システムは誰のためのものか?」という基本からやり直す
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File54-1 間違いだらけの要件定義ー「情報システムは誰のためのものか?」という基本からやり直す

日本企業では「情報システムへの投資は戦略投資である」とよく言われます。

しかし、その割に IT 投資が企業の競争力向上やビジネスモデル変革に直結している例は多くありません。多くの現場で起きているのは、「便利にはなったが、戦略上のインパクトはよく分からない」という状況です。
その根本原因はどこにあるのか。
私は、ごく基本的な問いへの答えを間違えているからだと思っています。

■ 問い:情報システムは、誰のためのものか?

この質問を投げかけると、多くの人が次のように答えます。
・「現場の人のため」
・「社員の業務を楽にするため」
・「ユーザー部門の効率化のため」
一見、まっとうな答えに聞こえます。
しかし、ここに IT 投資が“戦略投資”にならない決定的な落とし穴があります。
私の答えは、これです。
情報システムは、経営者のためのものである。
ここで言う「経営者」とは、個人としての社長だけを指しているのではありません。
企業としての方向性を決め、どのような事業構造で戦っていくのかを定める「経営機能」全体を指しています。

■ 情報システムは「戦略を実装するための装置」である

情報システムの本来の役割は、経営が描いた戦略を現実のオペレーションとデータ構造として定着させることにあります。
・どの市場で、どのような価値を提供するのか
・どの顧客に、どの組み合わせの商品・サービスを届けるのか
・収益構造をどう設計し、どこで利益を生み出すのか
・そのために、どの業務に人とお金を配分するのか
こうした経営レベルの意思決定を、日々の業務プロセスと情報の流れに落とし込むための“構造物”が情報システムです。

したがって、情報システム投資が戦略投資と呼ばれるのは、「経営の意思を構造として組み込むための投資だから」であるはずです。
ところが、この基本を取り違えてしまうと話が一気におかしくなります。

■ 現場ヒアリングから始める要件定義は、基本の基本を外している

「システム化の第一歩は、現場のヒアリングから」。
多くのプロジェクトで、そう教科書的に進められています。
しかし、もし情報システムが「経営の戦略を実装する装置」だとすれば、
最初に確認すべきなのは現場の不便さではなく、「経営はどんな戦い方をしたいのか」という戦略の意図です。
現場の方々は、当然ながら自分の業務の範囲を中心に物事を見ています。
・今の仕事を、今より楽にしたい
・今のやり方を大きく変えずに済ませたい
・これまでの手順や帳票は、できるだけ残してほしい
こうした感覚になるのは自然なことですし、それ自体を責めることはできません。
しかし、経営が「これから違う戦い方をしたい」と考えているときに、現場の感覚と戦略の方向性は必ずしも一致しません。
にもかかわらず、出発点を「現場ヒアリング」に置いてしまうと、

戦略の意図よりも、目の前の不便さや現状維持の希望が、要件定義の中心になってしまう。
という構図が生まれます。これでは、情報システム投資が本来の意味での「戦略投資」にはなりません。

■ 「誰のためか」の問いを間違えると、要件定義のすべてがずれる

少し視点を変えてみましょう。
もし、情報システムが「現場のための便利ツール」だと定義するなら、現場ヒアリングから始めるやり方は、ある意味では筋が通っています。
現場の手間が減り、作業時間が短縮されれば、それで成功と言えるでしょう。
しかし、その結果として、
・一見便利になったが、企業全体の収益構造は変わらない
・部門ごとには効率化したが、全社で見るとむしろ複雑化している
・新しい戦略に合わせて再構築しようとすると、かえって足かせになる
といった状況に陥ってしまうケースも少なくありません。

これは、要件定義のテクニックの問題ではありません。
もっと手前の、「情報システムは誰のためのものか?」という根本の問いを間違えているがゆえに起きる問題です。

■ 「誰のためのシステムか」を明確にしてから、現場の知恵を生かす

誤解のないように付け加えると、私は現場の意見を軽視すべきだと言いたいわけではありません。
むしろ、戦略に基づいて業務構造を描いたあと、その構造の中で無理なく実行できるようにするためには、現場の知恵や経験が欠かせません。大切なのは、順番です。
1,まず、「情報システムは経営のためのもの」という前提に立つ
2.経営戦略の意図を、業務や情報の構造として表現する(モデリングする)
3.そのうえで、現場の意見を聞きながら、実行可能な形に磨き込んでいく
この順序を守ることで、初めて IT 投資が本来の意味での「戦略投資」として機能し始めます。

■ 次回:戦略とは「やらないこと」を決める行為である

今回は、「情報システムは誰のためのものか?」という問いから、要件定義の出発点を見直しました。
次回は一歩踏み込んで、戦略とは、本質的には「やらないこと」を決める行為であるという観点から、
なぜ現場の意見をそのまま要件にしてはいけないのか、そしてなぜ「戦略」と「現場の感覚」が構造的にすれ違うのかを掘り下げていきます。


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