
日本企業のITプロジェクトに携わってきた中で、私が最も強く問題意識を抱いているテーマがあります。
それは「要件定義」と呼ばれる作業の中身が、本来の要件定義とは大きく異なるという現実です。
多くの要件定義書を拝見すると、そこに並んでいるのは経営の意志ではなく、現場担当者の改善要望を整理した“お願いリスト”です。
もちろん現場の改善は重要ですが、IT投資を戦略的価値に変換することとは、別のレイヤーの話と理解しなければなりません。
経営として「どのような価値を創り、どの市場で勝つのか」という視点が要件定義に反映されていなければ、どれほどの投資を行っても、企業の競争力は高まりません。
今回は、なぜ要件定義がここまで本質から外れたのか、その構造を丁寧に捉え直したいと思います。
■現状の“要件定義”は、現場起点の改善メニュー作成に過ぎない
一般的な要件定義は、現場へのヒアリングから始まります。
•日次作業が負荷になっている
•入力作業を減らしたい
•承認フローを簡略化してほしい
こうした声は業務改善としては重要ですが、経営の戦略目標と直接結びついているわけではありません。
それにもかかわらず、これらの“改善課題の棚卸し”がそのまま要件書となり、プロジェクトの方向性を規定してしまう。この構造が、IT投資を部分最適の連続にしている最大の原因です。
■パッケージ導入プロジェクトでは、ギャップ表が“要件書”になってしまう
もう一つの典型が、パッケージ導入時のギャップ分析です。
•この画面を変更したい
•この項目を追加したい
•このロジックを自社仕様に合わせたい
これらは、本来は“調整依頼の一覧”です。
しかし、企業側の業務構造が十分に整理されていないため、「ギャップを埋める行為」そのものが要件として扱われてしまう。
結果として、企業戦略とは無関係な“調整項目の積み上げ”が、IT投資の根拠になるという本末転倒が起こります。
■本来の要件定義は「経営の意志の構造化」である
要件定義とは、本来次の問いに答える活動です。
•当社は何を価値の源泉とするのか
•どの市場で、どの顧客に、どの優位性で勝つのか
•その戦略を支えるために業務はどう設計されるべきか
•その業務を支える情報はどう構造化されるべきか
つまり要件とは、“戦略を実装するための業務・情報のロジック”です。
この思考が抜け落ちたまま、現場ヒアリングだけで要件を決めようとすれば、企業全体の最適化は永遠に実現しません。
■要件をまとめる役割をベンダーに委ねるという構造的リスク
現状、多くの企業で要件定義書は外部ベンダーが作成しているのが実態です。
しかし、ベンダーは企業の経営戦略に責任を持つ立場ではありません。
彼らが作成する要件書は、構造上どうしても
•“現場が語ったこと”
•“調整すべき項目”
を中心とした文書になります。
これは悪意ではなく、単に “役割が違う” からです。
したがって、「長年付き合っているベンダーが何とかしてくれる」という期待は、経営として最も危険な幻想のひとつです。
企業変革の方向性を決める力を、ITベンダーに期待してはいけません。
■情シスは「便利屋」ではなく、戦略実装の中核である
情シス部門はしばしば「問い合わせ窓口」や「技術対応」として扱われがちです。
しかし本来、情シスはもっと大きな価値を持った機能です。
経営の意志を理解し、業務構造を俯瞰し、情報の在り方を設計し、企業の未来を支える基盤をつくる存在。
それが情シス本来の姿です。
もし社内だけでこの役割を果たすのが難しい場合は、“外部CIO”という選択肢があります。
■ 外部CIOというアプローチ―経営の意志を構造化し、要件定義を正しい姿へ導く存在
欧米では一般的ですが、日本ではまだ十分に普及していません。
しかし、構造改革型の要件定義を実現するためには、
戦略・業務・情報を横断的に設計できる知性 が不可欠です。
タッチコアでは、企業の外部CIOとして、以下のようなことを一貫して提供しています。
•経営の意志の言語化
•業務構造・情報構造の設計
•情シス・業務部門と伴走する実行支援
社内にすべてを内製化する必要はありません。
不足している“戦略とITをつなぐ力”だけを外部から補えばよいのです。
これこそ、現代のIT投資において最も合理的で、リスクの少ないアプローチだと考えています。
■まとめ:要件定義の“再定義”なくして、IT投資の成功はない
要件定義を「現場要望の整理」と捉えている限り、企業のIT投資が戦略に貢献することはありません。
いま求められているのは、要件定義とは何かを経営として再定義すること です。
次回は、「本来の要件定義とは何か ― 経営の意志をロジックとして構造化する」というテーマを掘り下げます。
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