
先日、あるクライアントから興味深い話を伺いました。
複数社の業務改革チームが集まるワークショップに参加した際、次のようなやり取りがあったそうです。
弊社クライアントの発言は、こうでした。
「私たちは、現場にヒアリングには行きません。業務は論理的に設計できます。」
すると、同席していた他の業務改革チーム(3社)は、一様に反論したといいます。
「現場に精通していないと、業務改革はできない」
「現場を知らずに設計するのは机上の空論だ」
結果として、クライアントは強い違和感を覚えつつも、その場では言葉に詰まってしまったそうです。
このワークショップの主催は、大手コンサルティングファームだったとのこと。
最終的に示された“落としどころ”は、次のようなものでした。
「現場に精通している必要はない。ただし、現場に新しい業務を理解してもらうために、仲良くしておく必要はある。」
一見すると、穏当でバランスの取れた結論に聞こえます。
しかし私は、この一連のやり取りに、日本の業務改革がなかなか進まない理由が凝縮されていると感じました。
業務改革は「理解」ではなく「設計」である
まず、はっきりさせておきたい点があります。
業務改革とは、業務を理解する活動ではありません。
業務を設計し直す活動です。
・経営戦略は何か
・何を達成するための業務なのか
・どの判断を、どこで、誰が行うべきなのか
・人に依存している部分はどこか
これらを論理的に組み立て、将来の業務構造(To-Be)を設計する行為こそが、業務改革です。
この設計行為において、「現在の現場業務に精通していること」は必須条件ではありません。
むしろ、精通しているがゆえに、
・今のやり方を前提に考えてしまう
・例外を正当化してしまう
・「変えられない理由」の説明者になってしまう
といった弊害を生むことすらあります。
「実行可能性」は誰が判断するのか
「現場を知らなければ、実行可能性が分からない」
という反論がよくがあります。
一見もっともらしく聞こえますが、ここには決定的な論点のすり替えがあります。
実行可能かどうかを判断する主体は、最初から現場です。
業務改革チームが行うべきなのは、
・実行可能性を「理解する」ことでも
・実行可能性を「判断する」ことでもありません。
現場が判断できる業務設計を提示することです。
設計を示したうえで、
・これで業務が回るのか
・どこが詰まるのか
・どこに無理があるのか
を現場とともに検証すればよいのです。
このプロセスにおいて、改革チームが現場業務に精通している必要はありません。
「仲良くする」と「主導権を渡す」は別物である
ワークショップで示された「現場と仲良くしておく必要はある」
という点自体は、決して間違いではありません。
現場に新しい業務を実行してもらう以上、
・丁寧な説明
・不安への配慮
・実行フェーズでの伴走
は不可欠です。
しかし問題は、この一言がいつの間にか、
「現場の意見を設計に反映させるべきだ」
「現場ヒアリングが必須だ」
という話にすり替わってしまうことです。
仲良くすることと、
設計の主導権を現場に渡すことは、まったく別の話です。
なぜ日本の業務改革は「ヒアリング型」から抜け出せないのか
このワークショップで起きた違和感は、偶然ではありません。
日本の業務改革は長年、
・As-Isを丁寧に聞き
・現場の声を集め
・合意形成を重ねる
というプロセスを「正解」だと信じてきました。
その結果、多くの業務改革が「改善止まり」に終わっています。
業務改革に本当に必要なのは、
・現場精通でも
・ヒアリング技術でもなく
経営戦略から業務を設計する能力です。
そして現場は、
・設計のインプットではなく
・設計を試す「検証者」です。
この役割分担を取り戻したとき、
業務改革はようやく「改革」になるのだと考えています。
合同会社タッチコア 小西一有
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