
社長が中期計画を社内で発表した途端、各部署からAI導入案件が次々と上がってくる。
最近、こうした話をよく耳にします。
営業部は提案書作成の効率化を言い、総務部は社内問い合わせ対応の自動化を言う。
人事部は採用や評価業務への活用を考え、製造現場は熟練者の知見継承への応用を口にする。
こうした反応を前にすると、社長が喜ぶのも無理はありません。
「うちの社員はDXをよく理解している」
「AIに対して前向きで頼もしい」
そう感じるでしょう。
しかし、私はこういう場面に出会うたびに、少し立ち止まって考える必要があると思っています。
AI案件がたくさん出ることは、必ずしも、その会社がDXを理解していることを意味しません。
むしろ逆に、AI案件が大量に出てくる会社ほど、危うい場合があります。
なぜなら、そこに現れている“活発さ”と、会社として必要な“構想力”は、まったく別物だからです。
少し昔話をします。
私は学生時代、パソコンショップでアルバイトをしていました。
まだWindowsなどどこにも存在せず、「パーソナルコンピュータ」という言葉自体が出始めた頃の話です。
その頃、もう一つ世の中を席巻していた言葉がありました。
ファミリーコンピューター、いわゆるファミコンです。
ある日、お客さまがこう言いました。
「うちの倅にファミコンを買ってやりたいのだけど」
私は「任天堂のゲーム機ですね」と答えました。
するとお客さまは、実に真面目な顔でこう続けたのです。
「これからはコンピュータの時代だから、ファミコンくらい使いこなせないとな」
私は少し困ってしまいました。
ファミコンはゲーム機です。もちろん電子機器ではありますが、それを使いこなしたからといって、コンピュータを理解したことにはなりません。ですから、大変申し上げにくいと思いながらも、
「お客さま、ファミコンはあくまでゲームです。コンピュータの時代とか、そんな大層なものではありません」
とお伝えしました。
ところが、お客さまはなおも、
「パソコンはキーボードとか使い慣れていないから、うちの中学二年の倅には難しい。だから、ファミコンから慣れさせようと思っているのだよ」
と言われる。
そこで私は、さらに申し上げにくいながら、こう答えました。
「お客さま、ファミコンを100万時間ご利用になっても、コンピュータに慣れ親しめるわけではありません」
案の定、お客さまは真っ赤な顔で怒り出し、「店員の分際で、俺を愚弄するのか」と怒鳴って帰っていかれました。
私はいま、企業のAI導入の話を聞くたびに、時々この出来事を思い出します。
名前に「コンピュータ」と付いているから、コンピュータ時代に備えられると思う。
同じように今、多くの会社では、名前に「AI」と付いているからDXが進むと思ってしまう。
この構図は、驚くほどよく似ています。
現場からAI活用の提案が出ること自体は、決して悪いことではありません。
それだけ現場に課題意識があり、何とかしたいという意欲があるということだからです。
日々の業務の中で、無駄な手間や非効率を感じている人ほど、「ここにAIが使えないか」と考えるようになります。
それはごく自然であり、健全な反応です。
ただし、その提案の多くは、現場ごとの困りごとに対する個別解です。言い換えれば、「この作業を少し楽にしたい」「この仕事を少し早く終えたい」という局所的な改善要望です。
それは業務改善としては価値があります。しかし、それだけではDXにはなりません。
DXとは、本来、単なる省力化や自動化ではありません。
経営が目指す方向に向かって、業務の流れ、部門間の役割分担、情報の持ち方、意思決定の仕組みを見直し、その実現手段としてデジタル技術を活用することです。
つまり、問題は「どこにAIを入れるか」ではなく、「会社をどう変えたいのか」にあります。
ところが、多くの企業では、この順序が逆転します。
社長が中期計画の中でDXやAI活用に触れた瞬間、現場は「何か提案しなければ」と動き始める。
すると、各部署からさまざまな案件が出てきます。
けれども、その多くは、経営が本当に解きたい課題と結びついていません。
売上構造を変えたいのか。
顧客接点の質を変えたいのか。
間接部門の固定費構造を見直したいのか。
あるいは、意思決定のスピードを変えたいのか。
本来、AI活用はこうした経営課題と接続していなければならないはずです。
にもかかわらず、現実には、「議事録を自動生成したい」「問い合わせ対応を自動化したい」「文書作成を支援してほしい」といった案件が並ぶだけで終わってしまうことが少なくありません。
もちろん、こうした案件を否定するつもりはありません。
問題なのは、それらが悪いことではなく、それらだけが並んでしまうことです。
つまり、会社として「何を変えたいのか」という構想がないまま、個別案件だけが増えていく状態です。
この状態では、AI案件は増えても、会社は変わりません。
現場は前向きに動いている。
提案書の数も増えている。
社内会議ではAIという言葉が頻繁に飛び交う。
そのため、会社全体が進んでいるように見える。
しかし実際には、部門ごとに小さな自動化が散発的に進んでいるだけで、全社としての変革にはつながっていない。
こういうことは、決して珍しくありません。
私は、この状態を「活発さを構想力と取り違えている状態」だと思っています。
活発さとは、案件がたくさん出てくることです。
一方、構想力とは、それらの案件を経営課題に照らして位置づけ、何を優先し、何を束ね、何を見送るかを考える力です。
DXに必要なのは、前者だけではありません。むしろ後者こそが決定的に重要です。
会社として成熟しているのは、AI案件が多い会社ではありません。
AI案件を経営目的に照らして選別し、統合し、優先順位付けできる会社です。
この視点がなければ、社長は「社員はよくやってくれている」と安心し、現場は「提案したのに採用されない」と不満を持ち、情報システム部門は「案件が多すぎて整理できない」と疲弊します。
そして最後には、「あれだけAIに取り組んだのに、何も変わらなかった」という感想だけが残ります。
本来必要なのは、案件の数を誇ることではありません。
その案件が、会社のどの課題に効くのかを考えることです。
現場の前向きさは大切です。
しかし、それを経営の構想に接続する仕組みがなければ、前向きさは分散し、やがて消耗に変わります。
AI案件がたくさん出る会社ほど危ない。
そう申し上げるのは、前向きな現場を否定したいからではありません。
せっかくの現場の問題意識を、会社の変革につながる形に変えなければ、あまりにももったいないからです。
次回は、なぜAI導入案件が部分最適に終わりやすいのか、
そして「業務改善」と「DX」をどう区別して考えるべきかについて、もう少し踏み込んで考えてみたいと思います。
合同会社タッチコア 小西一有