
DXもAIも入れた。それで、会社は何ができるようになったのか
「導入した」では、答えになりません。見るべきなのは、増えたツールではなく、増えた会社の能力です。
ある企業の経営会議で、DX推進責任者が報告しています。
「ワークフローシステムを刷新し、稟議書の電子化率は8割を超えました。営業部門ではSFAの利用率が上がり、商談情報の入力件数も増えています。生成AIのトライアルも始め、資料作成や社内問い合わせ対応の効率化を進めています。」
資料には、導入したツールが並んでいます。
クラウド、SFA、RPA、BI、生成AI。
投資額も小さくありません。推進部門は真面目に取り組んできました。現場への説明会も開きました。ベンダーとも何度も打ち合わせを重ねました。
経営会議の出席者たちも、ひとまずうなずいています。
すると、一人の役員が静かに尋ねます。
「それで、会社として何ができるようになったのですか。」
会議室の空気が、少し止まります。
これは、特定の一社の経営会議をそのまま再現したものではありません。
私がこれまで多くの企業で見聞きしてきた報告、質疑、そして沈黙を重ね合わせた風景です。
推進責任者は、紙の削減効果やシステムの利用率を説明します。
しかし、役員はもう一度尋ねます。
「以前はできなかった経営判断が、できるようになったのですか。」
「顧客への価値提供は変わったのですか。」
「部門間の調整は減ったのですか。」
「現場で起きている異常を、経営が早く把握できるようになったのですか。」
再び、沈黙が生まれます。
報告できる数字は増えた。だが、会社の変化は説明できない
多くの企業は、DXやAIについて、報告できる数字を持っています。
導入したツールの数。電子化した帳票の枚数。削減した紙の量。開催した研修の回数。登録されたデータの件数。生成AIの利用アカウント数。
こうした数字は必要です。取り組みが進んでいるかどうかを確認するうえで、無意味ではありません。
しかし、それだけで経営成果を説明したことにはなりません。
DXやAIの成果には、少なくとも三つの段階があります。
第1段階は、導入実績です。
何を導入したのか。どの部門へ展開したのか。利用者は何人なのか。
第2段階は、作業上の効果です。
入力時間がどれだけ減ったのか。紙や転記がどれだけ減ったのか。資料作成がどれだけ速くなったのか。
第3段階は、会社の能力の変化です。
以前より早く、的確に判断できるようになったのですか。顧客の変化を早く捉えられるようになったのですか。部門をまたぐ業務が滑らかになったのですか。個人の経験や判断を、組織として再現できるようになったのですか。
経営が本当に見るべきなのは、この第3段階です。
導入実績は、手段を実行したことを示します。
作業時間の削減は、局所的な効率が上がったことを示します。
しかし、会社の能力が変わっていなければ、経営そのものが変わったとは言えません。
古い会社を、少し速くしただけではないか
紙の稟議書を電子化します。
それ自体には意味があります。保管や検索は楽になるでしょう。外出先でも承認できるかもしれません。
しかし、承認者の数も、判断基準も、責任の所在も変わらなければ、古い承認構造が画面の中へ移っただけです。
Excelで管理していた案件をSFAへ入力します。
それも一歩前進です。
しかし、営業担当者が何を見て案件の危険を判断するのか、誰がどのタイミングで支援するのかが決まっていなければ、データが増えても営業の組織能力は高まりません。
生成AIで資料作成を速くします。
もちろん便利です。
だが、会議の目的や意思決定の仕方が変わらなければ、これまで2時間かけて作っていた不要な資料を、30分で作れるようになるだけかもしれません。
それは改善ではあります。
しかし、改革とは限りません。
業務構造を変えないままデジタル化を進めると、会社は「少し速くなった古い会社」になります。
情報システムは、会社の業務構造を映す鏡です。
部門が縦割りであれば、システムも縦割りになります。責任が曖昧であれば、承認フローも曖昧になります。
判断基準が個人の頭の中にしかなければ、データを集めても活用方法は定まりません。
生成AIを加えても、この問題は消えません。
むしろ、古い構造のまま処理速度だけが上がり、問題が見えにくくなることすらあります。
問題は、DX推進部門の努力不足ではありません
ここで、DX推進部門や情報システム部門を責めるべきではありません。
多くの担当者は、本当に真面目に取り組んでいます。限られた予算と人員の中で、現場の要望を聞き、経営へ説明し、ベンダーと調整し、導入後の問い合わせにも対応しています。
現場が悪いわけでもありません。
新しい仕組みが、自分たちの仕事の意味や判断に接続されていなければ、使われないのは不思議ではありません。
入力した情報が何に使われるのか分からなければ、入力は単なる負担になります。
問題は、もっと手前にあります。
最初に立てた問いが違っていたのです。
多くの企業は、「何を導入するか」を問うてきました。
しかし、本来、経営が先に問うべきだったのは、「何ができる会社になるのか」です。
どの顧客に、どのような価値を提供するのですか。
そのために、どの業務を変えるのですか。
どの情報を、どこで生み出すのですか。
誰が、どの情報を使って、何を判断するのですか。
その結果、会社は以前より何ができるようになるのですか。
この問いに答えるのは、IT部門ではありません。経営です。
経営が何を変えるのかを定義しないまま、DX推進部門へ「何か新しいことをやってほしい」と依頼しても、担当者は製品や機能から考えるしかありません。
そして、DXは導入案件になり、AIは実証実験になります。
真面目な人が多くても、組織が変われるとは限りません
私は、かつて山一證券で働いていました。
1997年、山一證券は自主廃業しました。
現場には、真面目で責任感の強い人が大勢いました。顧客のために懸命に働き、会社を支えようとしていました。
だから私は、山一證券の問題を「社員が怠けていた」「現場が腐っていた」という単純な話にはしたくありません。
真面目な人が多いことと、組織として変われることは、別の問題だからです。
問題が起きるたびに、現場が吸収します。
制度の歪みを、人が埋めます。
本来なら構造を変えるべき問題まで、調整と根性で乗り切ろうとします。
もちろん、現在のDXやAI導入を山一證券の問題と同じだと言うつもりはありません。
しかし、道具は新しくなったのに、会社の動き方を問わないまま現場の努力で乗り切ろうとする姿には、似た危うさを感じます。
優秀な人が何とかしてくれる会社は、一見すると強いものです。
しかし、その優秀さが業務、情報、判断の構造に組み込まれていなければ、会社の能力にはなりません。
人が異動すれば分からなくなります。ベテランが退職すれば失われます。他部門では再現できません。
情報システムにも実装できません。AIにも渡せません。
人の頭の中にある知を、組織として再現できる能力へ変える。
これが、DXやAIに期待されていた本来の変革ではなかったでしょうか。
企画書の最初に、製品名を書くのをやめる
では、何から始めればよいのでしょうか。
大掛かりな改革構想を作る前に、一つだけ変えてみてください。
DXやAIの企画書の最初に、製品名や技術名を書くのをやめるのです。
代わりに、次の文章を完成させます。
この投資によって、わが社は「 」ができるようになります。
例えば、SFAを導入することが目的なら、
「営業情報を一元管理できるようになります」で終わらせません。
「失注の兆候を早く捉え、必要な支援を適切なタイミングで行えるようになります」
まで書きます。
ワークフローを電子化するなら、
「稟議書をオンラインで承認できるようになります」で終わらせません。
「判断基準と滞留箇所が見えるようになり、不要な根回しや確認を減らせるようになります」
まで書きます。
生成AIを使うなら、
「資料を速く作れるようになります」で終わらせません。
「熟練者に偏っていた知見を組織で利用し、担当者による回答品質のばらつきを減らせるようになります」
まで書きます。
ここまで書けば、必要な業務、情報、判断、責任が見えてきます。
逆に、この文章を完成できないなら、まだ製品を選ぶ段階ではありません。
経営会議で、五つの問いを投げてみる
次のDX・AI報告では、導入数や利用率だけで終わらせず、次の問いを加えてみてください。
* 以前はできなかった、どの経営判断ができるようになったのですか。
* 顧客の状態や体験は、具体的にどう変わったのですか。
* 部門をまたぐ確認、会議、根回しは減ったのですか。
* 現場で起きている異常を、以前より早く把握できるようになったのですか。
* 個人に依存していた知や判断を、組織として再現できるようになったのですか。
すべてに立派な答えがなくても構いません。
大切なのは、導入実績の報告から、会社の能力を問う対話へ移ることです。
私が「設計知経営」と呼んでいるのは、現場や個人に宿っている知を、業務、情報、判断、責任、組織、IT、AIの構造へ接続し、会社として再現できる能力へ変えていく経営です。
設計とは、会社を固定することではありません。
変化したときに、どこを見て、誰が判断し、どの業務を変えればよいのかを分かるようにすることです。
DXもAIも、そのための重要な手段になり得ます。
ただし、導入するだけでは足りません。
変化は、大げさなスローガンから始まるとは限りません。
むしろ、経営会議で発せられる、この静かな一問から始まります。
「その投資で、わが社は何ができるようになったのですか。」
合同会社タッチコア 小西一有