TouchCore Blog | DX・IT:DXの初手で現状分析をするべからず ―「現状の棚卸」から始めないDX(第1回/全4回)
TouchCore Blog

DX・IT:DXの初手で現状分析をするべからず ―「現状の棚卸」から始めないDX(第1回/全4回)

「まず、現行業務を棚卸しましょう」


DXを始めるとき、この言葉は実にもっともらしく聞こえます。現状を知らなければ、何を変えるべきか分からない。

だから、各部門に仕事を書き出してもらう。慎重で、筋の通った進め方に見えるでしょう。

しかし、私はここで立ち止まってほしいと思います。

その棚卸は、会社がどのように変わるための活動なのでしょうか。


例えば、ある地域で主要顧客との取引を積み重ねてきた製造業が、全国へ市場を広げようとしているとします。

経営者は、新しい顧客に選ばれる会社になると宣言しました。

社員も、その方針には賛成しています。

ところが、DXの分科会で始まったのは、今の仕事を書き出す活動でした。

誰が、何を、どのような手順で処理しているか。

どの帳票を使い、どこで入力し、どこへ連絡しているか。

各職場に記入用のシートが配られ、担当者は日々の仕事の合間を縫って埋めていきます。

ここで、経営の意思と分科会の活動が離れてしまっています。

全国の顧客に応えられる会社になるという話が、いつの間にか、今の仕事を詳しく説明する話へ変わっているのです。

現場の担当者は、自分の持ち場をよく知っています。

手順の細部も、例外への対処も、文書にない工夫も知っているでしょう。

しかし、自分の仕事を詳しく説明できることと、顧客への約束を果たすために会社全体の仕事を設計できることは、同じではありません。

営業が注文を受け、生産がつくり、品質を確認し、物流が届ける。その途中で条件が変わったら、誰が何を判断するのか。ある顧客への対応が別の顧客への納品に影響するとき、誰が責任を持って決めるのか。

こうした仕事全体のつながりは、各担当者の作業手順を集めるだけでは見えてきません。

それでも、「困っていることも書いてください」と頼めば、現場は誠実に応えてくれます。

同じ内容を何度も入力している。

転記に時間がかかる。

確認の電話が多い。

担当者に聞かないと進まない。

日頃の不便が、次々に書き込まれていきます。

そして、書いた人は期待します。「これだけ詳しく伝えたのだから、少しは楽にしてくれるのだろう」と。

ところが、集まった要望をすべて機械化する予算も人員もありません。

そもそも、新しい市場で事業を成り立たせることが目的だったはずです。

今の仕事を便利にする要望が大量に集まっても、それに応えることが全国展開への準備になるとは限りません。分

科会は整理と分類を続け、現場にはなかなか変化が届かない。そのうち、棚卸表を提出したことだけが活動実績として残ります。

社員に残るのは、別の記憶です。

「忙しい中で書いたのに、結局、何も変わらなかった」

これが、私の懸念する「DX疲れ」です。

単に資料づくりで疲れるという話ではありません。

会社から協力を求められて応えたのに、その後の判断も変化も見えなかった。

その経験が、次の改革への信頼を削ってしまうのです。

やがて、新しい顧客との取引に向けて、本当に仕事を変えなければならなくなります。

そのとき改めて協力を求めても、「またDXですか」と受け止められてしまう。目的の定まらない棚卸によって、最も協力が必要な局面の前に、現場の意欲を消費してしまうのです。

では、分科会では何を話せばよいのでしょうか。

全国へ市場を広げるのであれば、その市場で起こり得る注文を、一つ持ち込んでみればよいのです。

ここでは仮想の例として、薄板特殊鋼板を扱うメーカーを考えてみます。


新しい取引先から、普段製造している汎用品とは異なる仕様で、通常を大きく上回る数量を、短納期で納めてほしいと相談されたら、どうするでしょうか。

営業担当者だけで、受けられる注文か判断できるでしょうか。

技術的につくれると分かっても、既存顧客への納品を守りながら間に合わせられるでしょうか。

全量を希望日に届けられないなら、どのような条件を提案できるでしょうか。

そして、会社としての回答を、誰が責任を持ってまとめるのでしょうか。

この問いを囲んで話し始めれば、今の仕事では何が足りないのかが、具体的に見えてきます。

調べるべき現状も、確認すべき制約も、そこで初めて焦点が定まります。

私が「DXの初手で現状分析をするべからず」と言うのは、こうした目的を置かず、網羅的な棚卸を改革の出発点にしてはいけないということです。

新しい顧客への約束を考えれば、その約束を果たすために、何を調べ、何を変えなければならないかを問えるようになります。

社員が最初に向き合うべきなのは、空欄だらけの棚卸シートなのでしょうか。

それとも、これから出会う顧客の要求なのでしょうか。

経営が新しい市場へ進むと決めたなら、その市場で仕事を成立させるための議論から始めるべきです。

現場の時間と信頼を使うのは、そこです。

次回は、「業務の棚卸」と称して集めているものが、なぜ作業手順と機械化の要望になってしまうのかを考えます。

合同会社タッチコア
小西 一有