はじめに
「コードを直せば済む話」ではない
イノベーション部隊が作ったシステムや仕組みに対して、「これでは本番運用できない」「もっとしっかりしたものを作ってから渡してほしい」と既存部隊が不満を表す─この光景はよく見られます。
こうした不満に対し、「ではコードをリファクタリングしよう」「テストカバレッジを上げよう」という技術的な改善に着手することはよくあります。もちろんそれも重要ですが、問題の本質はそこだけにあるわけではありません。
本番運用に必要なのは、ソフトウェアの品質だけではなく、業務として回る設計なのです。
業務設計の“リファクタリング”とは何か?
本番運用に耐えるためには、「誰が、いつ、何を、どう処理するか」が明確であり、属人性や不確実性が排除された業務設計が求められます。以下のような要素が整っていない限り、いくらコードが綺麗でも運用には耐えられません。
【業務設計上のリファクタリング観点】
1.プロセスの明確化
・「処理の起点」「判断ポイント」「例外対応フロー」が定義されているか
・Slackでの口頭依頼、Excelでの勝手管理から脱却できているか
2.役割と責任の明確化
・「誰が何を判断するか」「どこまでが担当範囲か」が曖昧になっていないか
・特定個人の知見に依存していないか
3.業務ルールとポリシーの整備
・「例外が起きたときどうするか」「基準外の処理は誰が承認するか」
・セキュリティや権限設計、監査対応のルールが存在するか
4.ドキュメント・教育体制の整備
・マニュアルやFAQが存在するか、更新されているか
・新任者でも理解・実行できる状態か
5.業務とシステムの連動設計
・システムと業務フローが乖離していないか
・人がカバーするべき部分とシステムに任せる部分が明確か
これらが整備されていなければ、「使う現場の混乱」や「再現性のない処理」が頻発し、結局イノベーション部隊が呼び戻される事態になるのです。
実例:リファクタリングされない業務の末路
ある組織で、イノベーション部隊が新しい受付システムを立ち上げました。プロトタイプとしては完成度も高く、ユーザーインタビューでは高評価。しかし、次のような状態で本番導入されてしまいました。
•業務マニュアルは存在せず、口頭伝達のみ
•操作手順が人によって異なり、エラーが頻発
•トラブル時の問い合わせ先が不明確
•データ修正の権限管理が未設計で、誰でも書き換え可能
結果として、わずか2ヶ月でトラブル対応に追われ、イノベーション部隊が「運用補助」に張り付き続けることになりました。新しい企画はすべて中断。既存業務部隊も「だから任せられない」と不信感を強め、関係は決裂。
「業務として成立するか」を問う視点が必要
イノベーションの成果を本番運用に引き渡すには、「機能が動くか」だけでなく、「業務として回るか」という視点が不可欠です。
この業務設計レベルのリファクタリングは、往々にして無視されがちです。なぜなら、それはコードでは見えず、現場の人の動きや判断、組織のルール、教育体制といった“目に見えにくい領域”だからです。
しかし、この「見えにくい設計」こそが、運用の成功と失敗を分ける分水嶺になります。
誰がこのリファクタリングを担うのか?
本番運用に向けた業務設計リファクタリングは、単なる開発チームだけでは担えません。以下のような人材や機能が必要です。
•業務設計エンジニア/プロセスデザイナー
•トランジションPM/橋渡し役
•エンタープライズアーキテクト/PMO
•情報システム部門の上流設計担当
つまり、イノベーションと運用の両方の文法を理解した“通訳者”の存在が鍵になるのです。
次回:部門間の対立はなぜ起こるのか?
次回は、イノベーション部隊と既存業務部隊が「なぜこんなにも対立してしまうのか」という組織構造の問題を深掘りしていきます。単なる相性の悪さではなく、価値観と期待のズレがどう生じ、どうすればそれを乗り越えられるのかをご紹介します。
第1回:イノベーションが停滞する組織の共通課題とは?
合同会社タッチコア 代表 小西一有