
前回(第1回9/15)は、日本が国際的な競争力や生産性の面で厳しい位置にあることを確認しました。その背景には「デジタル化の遅れ」や「生産性の伸び悩み」があるのですが、実はもっと根本的な問題が潜んでいます。それは DX(デジタルトランスフォーメーション)に対する日本社会の“誤解” です。
学生たちの答えに愕然とした瞬間
今夏、私は大学院でDXをテーマに講義を担当しました。講義の冒頭に、受講している学生たちにこう問いかけました。
「DXという言葉から、どんなことをイメージしますか?」
私は内心、クラウド活用やAI、あるいは新しいビジネスモデルへの挑戦など、幅広い答えが返ってくるだろうと予想していました。ところが、返ってきた答えは驚くべきものでした。
学生全員が口を揃えて言ったのは、
「紙情報をデータ化すること」
たったこれだけだったのです。
その瞬間、私はしばし言葉を失いました。もちろん、紙の情報を電子化することもDXの一部ではあります。しかし、それはあくまで入り口にすぎません。情報をデジタルデータに置き換えただけで「変革」が起こるわけではないのです。
なぜ「DX=デジタル化」と思い込むのか?
この誤解は、学生だけに限りません。多くの企業、特に中小企業の現場でも「DX=紙を電子化すること」「システムを導入すること」と理解されています。なぜこんなに誤解が広がっているのでしょうか。
1.行政やマスコミの発信の影響
DXという言葉が一般的に使われ始めた頃、電子申請や書類のデジタル化が大きく報道されました。そのため、DX=ペーパーレスと短絡的に結び付けられてしまったのです。
2.ITベンダーの営業トーク
システムやツールの導入を売りたいベンダーは、「DX推進のためにこの製品を」と宣伝します。結果、IT導入=DXという誤った認識が浸透しました。
3.「変革」より「効率化」への偏重
日本企業はもともと改善志向が強く、「無駄を減らす」「効率を上げる」活動に注力してきました。DXもその延長線で語られてしまい、「本質的な変革」に意識が向かないのです。
DXの本質は「変革」である
ここで改めて確認しておきましょう。DX(Digital Transformation)の本質は、デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや業務プロセスそのものを変革することです。
・紙の情報を電子化する
・Excelからクラウドシステムに移行する
これらは「手段」にすぎません。真に重要なのは、
・新しいサービスや価値を顧客に届ける仕組みを作ること
・組織の働き方や意思決定プロセスを根本から変えること
です。つまり「変革(トランスフォーメーション)」こそがDXの核心なのです。
誤解がもたらす危険
「DX=デジタル化」と考えていると、次のような問題が生じます。
・表面的なIT投資で終わる
高額なシステムを導入しても、業務のやり方が変わらなければ効果は限定的です。
・社員のモチベーションが下がる
「なぜこれを導入するのか」が理解されないまま使わされると、現場に反発や疲弊感が生まれます。
・競争力が強化されない
変革が伴わないため、効率化は進んでも新しい価値は生まれず、市場競争には勝てません。
つまり、「誤解したままのDX」は、単なるコスト増で終わり、むしろ企業体力を削ぐリスクすらあるのです。
本質を理解した企業が取るべき方向
では、中堅・中小企業が「本質的なDX」に向かうにはどうすればよいのでしょうか。ポイントは次の3つです。
まとめ:DXを「手段」ではなく「変革」として捉え直す
学生たちの答えに示されていたように、日本社会には「DX=デジタル化」という誤解が根強く存在しています。しかし、その理解のままでは未来は開けません。
DXとは、経営の在り方を変える挑戦であり、単なるIT導入ではありません。むしろ「経営戦略を実装するためのプロセス」なのです。
次回は、この本質を踏まえて、中堅・中小企業が「第一歩」をどう踏み出すべきかを具体的に考えていきます。
第3回予告:9月29日(月)
「中堅・中小企業が取り組むべきDXの第一歩 ─ 業務の可視化と小さな成功から」
合同会社タッチコア 小西一有
第1回:なぜ今、中堅・中小企業にDXが必要なのか