部門最適の限界
日本企業の現場は「部門ごとのやり方」で動いています。営業部は売上確定のタイミングを独自に決め、経理部は独自の勘定科目を使い、工場は独自の在庫コードを使う。こうした断片的な最適化は、一見すると効率的に見えても、全社で情報をつなげようとした途端に「不整合」と「重複」の問題が噴き出します。
例えば、営業の管理する顧客コードと経理の管理する得意先コードが一致しなければ、売上と請求は簡単には照合できません。生産計画が営業情報とズレていれば、在庫は余るか足りなくなるかのどちらかに陥ります。部門ごとの最適化は、企業全体の非効率を増幅するのです。
ERPが要求する「全社最適」
ERPは、こうした分断を解消し、企業全体をひとつのプロセスで動かすための仕組みです。つまりERPは「部門ごとのローカルルール」を許しません。共通のコード体系、共通の業務定義、共通のプロセス設計を前提としています。
このため、ERP導入時に最初に問われるのは「部門ごとのやり方を標準化できるかどうか」です。もし部門が「うちのやり方を残したい」と主張すれば、ERPの標準モデルを大幅にカスタマイズせざるを得ず、効果は大きく損なわれます。
ERPは単に「便利なシステム」ではなく、企業に全社最適を強制する“経営の仕組み”なのです。
業務プロセスとは何か
では、ERPと結びつけて考えるべき「業務プロセス」とは何でしょうか?
業務プロセスとは、顧客に価値を提供するために行う一連の活動の流れです。注文を受ける、在庫を引き当てる、商品を出荷する、請求書を発行する――これらはバラバラの作業ではなく、顧客に「商品が届き、代金が適正に処理される」までの一つの流れなのです。
つまり業務プロセスは、部門ではなく価値の流れを基準に設計されるべきものです。ERPはこの価値の流れをデータベース上で再現し、部門を超えて一貫させるための仕組みと言えます。
プロセス標準化の実際
ERPを導入する企業が最初に直面するのは「言葉の統一」です。
• 営業部門が言う「受注」と、生産部門が言う「受注」は同じ意味か?
• 経理部門の「締め」と、営業部門の「売上確定」は同じタイミングか?
• 在庫を「引当済み」と「出荷指示済み」で分ける意味はあるか?
こうした定義の不一致を解消しなければ、ERPで全社を統合することはできません。つまりERP導入は、単なるシステム刷新ではなく、言葉とプロセスを全社で揃える対話の場なのです。
ERP導入における「痛み」
全社最適は、必然的に部門の「裁量の縮小」を伴います。
• 営業が自由に使っていた顧客コードは、全社共通のコード体系に置き換わる。
• 工場が独自に決めていた在庫分類は、標準化されたルールに従わざるを得ない。
• 経理が独自に設定していた勘定科目は、全社共通の会計科目表に吸収される。
これは現場から見れば「やりづらくなる」「自由がなくなる」と感じられる痛みです。しかし、これを受け入れてこそERPの効果が発揮され、経営全体の効率とスピードが飛躍的に高まるのです。
業務プロセスを再定義する意味
ERP導入で最も重要なのは、業務プロセスを再定義することです。
「これまでのやり方を効率化する」のではなく、価値の流れに沿って全社を最適化するプロセスに作り直すのです。
この再定義こそがERPの本質的価値であり、それを怠ればERPは単なる高価なシステムで終わります。
まとめ
ERPはシステムの名前ではなく、業務プロセスを全社最適に再設計するための経営基盤です。
もし「部門のやり方を残したい」と考えるなら、ERPを導入する意味はありません。ERPとは、企業全体を一つの価値創造プロセスとして再構築する“痛みを伴う改革”なのです。
次回予告
第3回では、ERP導入がなぜ日本企業で失敗するのかを掘り下げます。「当社独自のやり方」への固執、ベンダー任せの姿勢、そして経営と現場の断絶――失敗の本質を明らかにします。
合同会社タッチコア 小西一有
第1回:ERPとは何か?ー単なるシステムではない経営基盤ERP