TouchCore Blog | 第1回:なぜ“成長戦略”は現場に届かないのか ― 戦略と業務をつなぐ「構造設計」の欠如
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第1回:なぜ“成長戦略”は現場に届かないのか ― 戦略と業務をつなぐ「構造設計」の欠如

“脱下請け”を掲げた製造業が直面した壁

ある中堅製造業の経営者が、「脱下請け」を掲げて自社ブランド事業への転換を宣言しました。
しかし1年経っても、現場では従来どおりの受注待ち体質が続き、改革はほとんど進んでいませんでした。
経営の構想は「自社設計による新製品の直接販売」でしたが、営業も開発も「顧客と対話する」という業務機能を持っていなかったのです。
戦略は掲げられても、それを実現する“業務の仕組み”が存在しないーこれが、多くの中小企業が陥る共通の課題です。
この企業は、ビジネスアーキテクチャ(業務構造設計)を導入することで状況を一変させました。
まず、提供する価値を「提案力」「スピード」「信頼性」と定義し、
その価値を支える活動として「顧客要件の分析」「設計支援」「開発データ共有」という新たな業務機能を設計しました。
そして、それらを既存の製造プロセスと結びつけたのです。
結果、各部署が「自分たちはどの価値を支えているのか」を理解するようになり、
営業と開発が一体で顧客課題を解決する体制が生まれました。
わずか1年で自社ブランド製品の売上比率は3割を超え、経営者の描いた戦略が現実になったのです。
この事例が示すのは、戦略の実現には「構造設計」が不可欠だということです。
つまり、経営の意図を“業務の構造”という言語に翻訳する仕組みがなければ、
どれほど立派な戦略を掲げても、現場は動かないということです。

経営者の描く未来が現場に届かない理由

多くの経営者が「成長戦略」を描きます。
市場機会を分析し、新規事業やデジタル活用を構想し、社員に向けて未来像を発信します。
しかし、その壮大な戦略が、現場では「コスト削減」や「業務改善」といった地味な活動にすり替わってしまうことが少なくありません。
経営者が目指した“価値創造”や“事業変革”が、現場では“効率化”や“省力化”の活動に矮小化されてしまう。
このギャップは、経営と現場の意識の問題ではなく、戦略と業務をつなぐ構造設計が存在しないことに起因しています。

「戦略」と「業務」は別次元で語られている

日本企業の多くでは、経営会議で「どの市場に参入するか」「どの顧客層を狙うか」といった戦略議論が行われます。
一方で現場は、日々の業務手順を改善する“業務改革プロジェクト”を進めています。
しかし、この2つはほとんど接続されていません。
戦略は抽象的で、業務改革は局所的。両者をつなぐ“翻訳の層”が抜け落ちているのです。
戦略が「どんな価値を、どの市場で、どんな仕組みで実現するか」を定義するものであるならば、
業務はその価値を具体的に実装する活動構造であるはずです。
したがって、戦略の実現には、その構造を明確に描いた「設計図」が必要なのです。

経営の意図を失わせる「翻訳不在」という病

たとえば、経営者が「顧客起点で事業を再設計する」と宣言しても、
社内の業務単位は依然として「営業」「開発」「生産」「経理」といった部門構造のままです。
各部門は自分のKPIを最適化しようと動くため、結果として“顧客”ではなく“部門”を中心とした活動が再生産されてしまいます。
つまり、経営の意図が業務構造に翻訳されていないのです。
この翻訳を担うのが、本来の「業務設計者(ビジネスアーキテクト)」です。
彼らは経営の意図を業務という言語に変換し、
“どの価値を、誰が、どの順序で実現するか”を活動単位で設計します。
この層が存在しない組織では、どれだけ優れた戦略を掲げても、現場は従来業務の延長でしか動けません。

「戦略を業務に落とす」とは、構造を描くこと

「戦略を現場に落とす」という言葉をよく耳にしますが、
実際には多くの経営者が“やる気”や“スローガン”で現場を動かそうとしています。
しかし、現場が本当に求めているのは“気合”ではなく“構造”です。
たとえば、「新市場を開拓する」という戦略を掲げたなら、
「どの業務を廃止し」「どの活動を追加し」「どのデータを扱うのか」を定義しなければなりません。
つまり、価値を実現する活動の設計図――業務構造の設計が不可欠なのです。
構造を描かずに「頑張れ」と言っても、現場は何をどう変えればいいのかわからない。
その結果、改革は「小さな改善」に留まり、経営戦略は“抽象的なスローガン”に変質してしまいます。

経営者が取り組むべき「構造の言語化」

経営者の仕事は、ビジョンを語ることで終わりではありません。
それを業務という現実に翻訳する構造を設計することこそ、経営の中核的な役割です。
具体的には次の3つのステップを踏む必要があります。
1. 戦略を「価値」「顧客」「仕組み」の3要素に分解すること
2. 各要素を実現するための業務(活動)を定義すること
3. それらの業務間の接続関係を設計すること
この3ステップを経て初めて、戦略は実行可能な構造として具現化されます。

まとめ:構造を描ける経営者が、戦略を実装できる

戦略を語る経営者は多くても、構造を描ける経営者は少ないものです。
しかし、戦略の実現とは、意欲ではなく構造によって成し遂げられるものです。
経営の意図を業務構造として翻訳できるかどうかが、戦略の成否を分けます。

中小企業においても、この「構造思考」を持つことが競争力の鍵になります。
小さな組織であっても、構造を描く力があれば、戦略は現場の力で動き出します。


合同会社タッチコア 小西一有