TouchCore Blog | File54-2 戦略とは「やらないこと」を決める行為であるーなぜ現場の意見と戦略は噛み合わないのか
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File54-2 戦略とは「やらないこと」を決める行為であるーなぜ現場の意見と戦略は噛み合わないのか

前回は、「情報システムは誰のためのものか?」という問いが、要件定義の根本を左右することを確認しました。

情報システムは現場の不便を解決するための道具ではなく、経営が描く戦略を実装するための装置である―この視点を前提にすると、もう一つ避けて通れないテーマが浮かび上がります。
それは、
『戦略とは“やらないこと”を決める行為である』
という点です。この本質を理解しないまま現場ヒアリングを行うと、多くのプロジェクトで構造的なズレが生まれます。
今回は、なぜ戦略と現場の意見が一致しにくいのか、そしてなぜ“現場から要件を集める”方式では戦略と接続しないのかを整理していきます。

■ 戦略の定義:3つの要素で構成されるが、どれも抽象度が高い

戦略とは、しばしば「企業の方向性を示すもの」と表現されます。
一般的には、次の3要素で構成されています。
1.方向性(これからどこを目指すのか)
2.戦略目標(方向性に従い何を達成すべきか)
3.経営資源の配分(戦略目標達成の為にどこに集中し、どこを削るか)
この三つは、経営としての意思決定を明確に示す重要な情報です。しかし、このままでは現場の業務に“翻訳”されていません。どれだけ戦略書を読み込んでも、そこから
•明日どの業務をやめるべきなのか
•どのプロセスに重点を移すのか
•どのデータを重視し、どれを廃止するのか
といった具体的な業務行動は浮かび上がりません。
つまり、戦略と現場業務の間には大きな距離があるのです。

■ 戦略は「やること」を決めるのではなく、「やらないこと」を決める行為

戦略とは「選択と集中」とよく言われます。
しかし、より正確に言えば、それは「捨てることを決める」「やめることを選択する」という意味です。
ところが、現場にとって「やめる」という行為は簡単ではありません。
•長く続けてきた手順
•暗黙知に支えられた仕事の流れ
•安定した作業範囲
•現場のコントロール感の源泉
こうしたものを手放すことには心理的な抵抗が伴います。これは当然のことであり、責められるべきではありません。
しかし、戦略が必要とするのは、
•守るべき領域
•捨てるべき領域
•新しく挑戦すべき領域
を明確にすることです。
この構造が理解されないまま現場の意見を中心に要件を固めてしまうと、“現状維持を前提としたシステム”が出来上がってしまいます。

■ 現場の心理構造:「新しいことはやりたくない」「今の仕事は続けたい」

現場ヒアリングでよく見られるのは、次のような傾向です。
•新しい業務はできるだけ回避したい
•慣れた作業手順はそのまま残したい
•入力項目や帳票形式は大きく変えたくない
•部門間調整は避けたい
つまり、現場の自然な欲求は「現状維持の強化」です。
これは健全な反応です。現場は現場の使命を最優先に考えています。
しかし、戦略が求めるのはその逆であり、「現状を変えるための意思決定」 です。
このギャップは、努力やコミュニケーションでは埋まりません。構造的に噛み合わないのです。

■ 戦略 → 業務の翻訳がなければ、両者が一致することはない

ここで必要になるのが、“翻訳”のプロセスです。
戦略を実務の世界へつなげるには、
•業務の意味づけを変え
•実施すべき行動の構造を再設計し
•必要なデータや判断軸を整え
•そのうえで現場の作業へ展開する
という一連の流れが不可欠です。
これらは自然に起こるものではなく、専門的なモデリングの作業によってはじめて実現します。
翻訳プロセスがなければ、戦略と現場は永遠に平行線のままです。

■ 現場ヒアリングが“初手”になってはいけない理由

もし最初に現場の意見を集めてしまうと、要件定義は次のようになります。
•「今のままが一番いい」という前提のまま話が進む
•改善要望が断片的な“作業単位”で集まる
•戦略が求める“変えるべき部分”が埋もれていく
•結果的に、戦略と無関係な便利ツールが出来上がる
これでは、企業が本来進むべき方向にシステムが寄り添うことはありません。
したがって要件定義の順番は、
1.戦略の意図を構造に翻訳(モデリング)する
2.企業として進むべき業務のあり方を描く
3.その構造の中で現場の意見を反映させる
の順に進むべきです。
現場意見は重要ですが、「最初に聞くべきものではない」という点が本質です。

■ まとめ:戦略は“やめる”ことを決める。その性質が現場とのギャップを生む

戦略の本質は、「これをやらない」「ここには資源を割かない」という意思を明確にするところにあります。
一方で、現場は「今の仕事を続けたい」と考えるのが自然です。
この構造的ギャップを理解したうえで、システム要件を戦略から考えていく必要があります。
次回は、戦略と現場の断絶を埋める“翻訳者”という役割が、なぜ企業に欠けているのかについて掘り下げていきます。


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