
前回は、多くの企業で「要件定義」と呼ばれる作業が、現場の改善要望の整理にとどまり、本来期待される戦略実装の役割を果たしていないという問題を確認しました。
では、本来の要件定義とは何でしょうか。
その核心を今回、丁寧に掘り下げていきたいと思います。
結論から言うと、要件定義とは「経営の意志を構造化し、業務と情報の一貫した設計として表現するプロセス」です。
つまり要件定義は、単なるIT導入の前作業ではなく、企業の方向性を論理的に設計するための重要な経営行為なのです。
■ 要件定義とは「戦略の実装を言語化する行為」です
戦略は、掲げただけでは実行されません。戦略を実行するには、次のような問いに答える必要があります。
•当社はどの市場で、どのように勝ちたいのか
•何を価値の源泉として磨くのか
•どの業務がその価値を支えるのか
•その業務を支える情報はどう整理されるべきか
これらの問いに体系的に答え、戦略をロジックとして表現したものが要件です。
したがって、要件定義とは“改善要望の一覧作成”とは役割が全く異なります。
“戦略の実装を可能にする企業構造の設計”こそが要件定義の本質です。
■業務フロー図だけでは、戦略を現場に落とし込めません
一般的なモデリング手法――業務フロー図、業務棚卸、RACIなど―は、現場改善の観点では非常に有用です。
しかし、これらの手法には限界があります。なぜなら、戦略を表現するには抽象度が足りず、現場改善には十分すぎるほど具体的で、“戦略と現場をつなぐ橋”が存在しないためです。
このギャップがある限り、企業は「戦略は戦略、現場は現場」という分断を解消できません。
これこそが、日本企業でDXやIT投資が“部分最適化のループ”から抜け出せない本質的な理由のひとつです。
■戦略と現場をつなぐ“国産の優れた構造化アプローチ”があります
欧米発のEAフレームワークも参考になりますが、実務で戦略を現場に落とし込むには、日本企業の文化や組織風土に適したアプローチが有効です。
近年注目されているのが、戦略 → 業務構造 → 情報構造を一貫して扱える国産の構造化アプローチです。
これは一般的なフロー図とは異なり、次のような特徴があります。
•経営の意志を業務ロジックに翻訳できる
•業務構造と情報構造を同時に扱える
•抽象度を自在に上下し、全体設計ができる
•“現場改善”ではなく“企業改革”を目的に設計されている
•横展開できるため、再利用性が高く、IT投資の効率がよい
このようなアプローチを使うことで、戦略と現場の断絶が解消され、要件定義は“企業の設計図づくり”として機能するようになります。
■情シスは“戦略翻訳者”という極めて高度な役割を本来担っています
情シス部門は「技術の担当部署」と見られがちですが、本来は非常に高度な役割を担うべき存在です。
なぜなら、情シスは
•経営の意志を受け取り
•その意志を構造化し
•業務と情報の橋渡しを行い
•企業全体の整合性を保つ
このような、“戦略を実装する上で不可欠な知的機能” を担うからです。
にもかかわらず、実際には「便利屋」的な扱いになり、構造設計の議論に参加する機会すら与えられないことが多く見受けられます。
これは情シスの能力の問題ではありません。
役割の設計が適切ではないために価値が発揮されていないだけです。
■一般的なベンダーには「戦略起点の要件定義」は構造的に担えません
ここで誤解してはならないのが、戦略を起点とした要件定義は、ITベンダーには構造的に担当できないという点です。
これは能力の問題ではなく、役割の問題です。
•ベンダーは企業戦略に責任を負えません
•業務改革の優先順位を決める権限もありません
•最適化ではなく“調整項目の増加”がビジネス構造上の収益源になります
•契約上、現場要求を忠実に拾うことが主な役目です
したがって、「長年付き合っているベンダーが、きっと何とかしてくれる」という期待は、経営として最も危険な誤解のひとつです。
ベンダーが悪いのではありません。求められている役割がそもそも違うだけなのです。
■外部CIOという“第三の方法”が、企業の構造設計力を補います
では、誰が要件定義の「戦略実装」を担うべきなのでしょうか。
本来は情シスが中心となるべきですが、企業によっては人材・経験・時間が不足しているケースもあります。
そこで効果的なのが、外部CIOを活用するアプローチです。
外部CIOは、
•経営の意志の言語化
•戦略と業務の一貫した設計
•情報構造の整理
•情シス・業務部門との伴走支援
これらを担い、企業に必要な“構造的な思考能力”を補います。
タッチコアでは、この外部CIOとして、“要件定義の再定義”を企業と共に進めています。
企業が内製化すべきなのは”作業能力ではなく、“戦略とITをつなぐ知性”です。
他の部分は外部に補ってもよいのです。
■まとめ:要件定義は「会社の未来を計画する行為」です
要件定義を「現場要望の整理」と考えている限り、企業はいつまでも部分最適から抜け出せません。
要件定義とは、経営の意志を構造化し、業務と情報として設計する“未来設計”そのものです。
次回は、なぜ一般的なベンダーには本来の要件定義が担えないのか(構造的理由)を、経営視点でわかりやすく整理します。
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第1回:いま日本で行われている「要件定義」は、要件定義ではないー情シスがなぜ疲弊し、ベンダーがなぜ“ユーザー要望書”を量産するのか