
AI導入の話になると、私は時々、不思議な順番で物事が進む会社に出会います。
現場から「AIを使いたい」という声が出る。
すると、ほどなくしてAIベンダーが呼ばれ、環境構築の話が始まる。
そして経営陣は、「情報漏洩などのリスクに備えるため、大手のAIベンダーに任せることにした」と説明する。一見すると、慎重で堅実な判断に見えます。
しかし、私はこの話を聞くたびに、こう思うのです。
何をするのか決めていないのに、環境構築とは何なのか。
いったい何のための環境なのか。
誰が何に使うのか。
それを決めないまま契約だけ先に進めるのは、お金をドブに捨てることに近いのではないか、と。
実際、私の知り合いのITベンダーですら、従業員にAIを使わせるために某AIベンダーと契約したものの、「誰も使わない」と嘆いていました。
ITの会社でさえそうなのですから、一般企業で同じことが起きても、少しも不思議ではありません。
この現象は、AIに限った話ではありません。
新しい技術が話題になるたびに、多くの会社が同じ失敗を繰り返してきました。
道具を先に買い、あとから使い道を考える。しかし、使い道が曖昧な道具は、結局使われません。
社内説明の資料だけが立派に整い、導入後しばらくすると、誰も触れない仕組みが残るだけです。
なぜ、こういうことが起きるのでしょうか。
それは、業務改善の要望と経営課題として取り組むべき変革が、混同されているからです。
現場から出てくるAI案件の多くは、真面目で切実です。
「議事録作成を楽にしたい」
「問い合わせ対応の手間を減らしたい」
「提案書の下書きを早く作りたい」
こうした要望には、どれも現場ならではの切実さがあります。
毎日その仕事をしている人にとって、数十分の短縮でも大きな意味があります。ですから、こうした提案が出ること自体は、健全です。
しかし、その提案が切実であることと、それが会社として優先すべき経営課題であることは、同じではありません。
ここを区別しないと、会社はすぐに部分最適へ流れます。
たとえば、ある部門の議事録作成が楽になる。
別の部門の問い合わせ対応が多少速くなる。
さらに別の部門では、文書のたたき台が短時間で作れるようになる。
これらは、それぞれの部門にとっては確かに改善です。
けれども、その結果として会社全体の何が変わるのでしょうか。
利益構造が変わるのでしょうか。
顧客との関係性が変わるのでしょうか。
部門間の連携の仕方が変わるのでしょうか。
意思決定の速度や質が変わるのでしょうか。
こうした問いに答えられないまま、個別案件だけが増えていくと、導入件数は増えても、会社全体としての変化は生まれません。
つまり、現場ごとの「楽になった」は積み上がっても、経営としての「変わった」にはつながらないのです。
本来の順番は逆です。
まず考えるべきは、経営として何を変えたいのかです。
売上構造を変えたいのか。
顧客接点の質を変えたいのか。
人手不足の中でも回る業務構造を作りたいのか。
属人化した判断や知識のあり方を見直したいのか。
あるいは、意思決定を早くし、現場の対応速度を上げたいのか。
こうした問いが先にあり、その上で、どの業務のどの場面にAIを使うと効果があるのかを見極める。
さらに、誰が使うのか、どのデータを扱うのか、どのルールで運用するのか、何をもって成果とするのかを定める。
その上で初めて、必要な環境が見えてきます。
ところが現実には、この順番が逆転しています。
!AIが流行っている。
!情報漏洩が心配だ。
!大手ベンダーなら安心そうだ。
!だからまず契約しよう。
と、こうなる。
これは、AI導入ではありません。
導入した気分を買っているだけです。
リスク対策を軽視してよい、という話ではありません。
むしろ逆です。
情報漏洩やガバナンスの問題は極めて重要です。
しかし、それは「何をどう使うか」が定まって初めて、現実的に設計できるものです。
使い道も対象業務も決めていない段階で、「安全な環境だけ先に作る」というのは、設計ではなく安心料の支払いに近い。
その意味で、AIベンダーがホクホク顔になるのも当然です。
顧客側が、業務課題よりも先に「AIを入れること」自体を目的化してくれれば、売る側は売りやすい。
何を変えるのかが曖昧なままでも、「AI環境」「セキュアな基盤」「全社利用の準備」といった言葉で話を進められるからです。
けれども、契約をして環境を作っただけでは、社員は使いません。
いや、正確に言えば、使わないのではなく、使う理由が定義されていないのです。
自分の仕事のどこに使うのか。
使うことで何が変わるのか。
その利用は部門として期待されているのか。
試した結果をどう評価するのか。
こうしたことが曖昧なままでは、現場は忙しい日常の中で、わざわざ新しい道具に乗り換えません。
ここで必要なのは、「社員にAIを使わせる」ことではありません。
会社として、どの業務のどの変化を求めるのかを定義することです。
AIは、入れれば効く薬ではありません。
業務と意思決定の構造の中に位置づけて初めて意味を持つ道具です。
だからこそ、現場の自動化要望をそのままベンダー発注につなげてはいけないのです。
必要なのは、経営課題との接続です。
その案件は、会社として何を変えるためのものなのか。
他部門と束ねられないのか。
全社的に再利用できないのか。
本当に環境構築が先なのか。
こうした問いを経なければ、AI導入案件はほぼ確実に部分最適で終わります。
AI導入案件が部分最適に終わるのは、AIが悪いからではありません。
AIの使い道を定義する前に、AIを入れること自体が目的化してしまうからです。
次回は、そのような部分最適を防ぐために、なぜAI導入委員会や情報システム戦略会議のような「経営の期待を翻訳する場」が必要なのかを考えてみたいと思います。
合同会社タッチコア 小西一有
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