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人材育成:第2回  空振りしない社員はなぜ事業を変えられないのかー失敗しないことを教えすぎると、強く振る力が失われる

前回は、新入社員研修が「若者を育てる場」ではなく、いつの間にか「凡打製造装置」になっていないか、という問題提起をしました。

もちろん、新入社員研修そのものを否定しているわけではありません。
ビジネスマナー、報告・連絡・相談、コンプライアンス、会社のルール、上司との接し方。

これらは、社会人として働く上で必要な基礎です。

しかし問題は、それらを教える過程で、若者が本来持っている「強く振る力」まで削ってしまうことです。

会社はよく「若手には挑戦してほしい」と言います。
「失敗を恐れるな」とも言います。
「自律的に考えて行動してほしい」とも言います。

しかし実際には、多くの社員研修や職場教育で教えられているのは、挑戦の仕方ではありません。

むしろ、失敗しない振る舞い方です。

失礼のない話し方。
上司に怒られない報告の仕方。
関係者を不快にさせない調整の仕方。
会議で浮かない発言の仕方。
前例から大きく外れない仕事の進め方。

これらは、組織で働く上では大切です。
しかし、こればかりを教えられた社員は、次第に「空振りしないこと」を最優先するようになります

野球で言えば、フルスイングをしなくなるのです。

ホームランを狙って強く振れば、空振りするかもしれません。
三振するかもしれません。
フォームが崩れるかもしれません。
監督から「なぜそんな振り方をしたのか」と言われるかもしれません。

それならば、軽く当てにいった方が安全です。
内野ゴロでも、バットには当たったと言えます。
少なくとも、豪快な空振りよりは叱られにくい。

企業の中でも、同じことが起きています。

新しい提案をすれば、反論されるかもしれません。
業務の前提を疑えば、現場から嫌がられるかもしれません。
会議で本質的な問いを出せば、空気を壊すかもしれません。
上司の方針に対して別の見方を示せば、生意気だと思われるかもしれません。

それならば、黙っていた方が安全です。
与えられた範囲をきれいにこなした方が無難です。
少し気になることがあっても、「今は言わない方がよい」と判断した方が賢く見えます。

こうして社員は、少しずつ「空振りしない打者」になっていきます。

空振りしない社員は、一見すると優秀です。
報告は丁寧です。
資料もきれいです。
会議でも失言しません。
上司への相談も適切です。
周囲との摩擦も少ない。

しかし、そのような社員ばかりで、事業は本当に変わるのでしょうか。

ここが重要です。

空振りしない社員は、既存の仕事を安定的に進めることには向いています。
決められた業務を、決められた手順で、決められた品質で進める。

これは企業にとって必要な力です。

しかし、事業を変える力は、それとは少し違います。

事業を変える人材は、既存の前提を疑います。
顧客価値を問い直します。
今の業務の流れをそのまま受け入れません。
「この仕事は、本当に必要なのか」と考えます。
「なぜ、この意思決定にこれほど時間がかかるのか」と問います。
「このシステム化は、本当に業務を変えているのか。それとも現行業務をそのままデジタル化しているだけなのか」と見抜こうとします。

こうした問いは、組織にとって少し耳が痛いものです。
しかし、事業を変える入口は、たいてい耳の痛い問いから始まります。

ところが、多くの会社では、耳の痛い問いを出す人よりも、耳ざわりのよい報告をする人が評価されやすい。
問題を掘り起こす人よりも、目の前の仕事を波風立てずに処理する人が評価されやすい。
前提を疑う人よりも、前提を守ってきれいに仕事を進める人が評価されやすい。

これでは、ホームランバッターは育ちません。

ホームランバッターとは、単に派手な成果を出す人のことではありません。
会社の中で言えば、事業の構造を読み、勝ち筋を考え、従来の仕事のやり方を変え、顧客価値を再設計できる人です。

そのような人材は、最初から完成された形で現れるわけではありません。

最初は、少し面倒な若手として現れます。
質問が多い。
納得しない。
前提を確認する。
会議で空気を止める。
「そもそも論」を口にする。
上司が曖昧にしていたことを、言葉にしてしまう。

管理職から見れば、扱いにくい存在です

しかし、ここで重要なのは、その扱いにくさの中にこそ、将来の変革人材の芽があるということです。

もちろん、何でも疑えばよいわけではありません。
現場を知らないまま批判するだけでは、単なる評論になります。
会社の仕組みを理解せずに正論だけを言えば、周囲を疲れさせるだけです。

しかし、だからといって、問いを封じてしまってよいわけではありません。

本来、社員教育で行うべきことは、若者の問いを消すことではありません。
問いを鍛えることです。

「なぜそう思ったのか」
「どの業務プロセスを見て、そう感じたのか」
「顧客価値との関係で、何が問題だと思うのか」
「それを変えると、誰にどのような影響が出るのか」
「代替案はあるのか」
「短期的な混乱と長期的な価値を、どう比較するのか」

このように問いを掘り下げていくことで、若者の違和感は、単なる感想から仕事に耐えうる仮説へと変わっていきます。

これが教育です。

一方で、「まずは黙ってやりなさい」「会社のやり方を覚えなさい」「今はそういうことを言う段階ではありません」と言ってしまえば、問いは育ちません。
むしろ、問いを持つこと自体が危険だと学習してしまいます。

すると社員は、賢くなります。
ただし、それは事業を変える意味での賢さではありません。
組織の中で傷つかずに生き延びるための賢さです。

この種の賢さは、非常に厄介です。

上司が何を好むかを読む。
会議で誰に先に話を通すべきかを読む。
どの発言をすれば評価されるかを読む。
どこまで言うと危ないかを読む。
どの案件には近づかない方がよいかを読む。

こうした能力は、組織内で生きていく上では役に立ちます。
しかし、それが過剰になると、社員は顧客を見るよりも社内を見るようになります。

顧客の課題よりも、上司の反応。
市場の変化よりも、社内調整。
事業の勝ち筋よりも、部門間の顔色。
本質的な価値よりも、会議で通りやすい資料。

これでは、事業は変わりません。

企業が本当に変わりたいのであれば、社員に「空振りしないこと」だけを教えてはいけません。
むしろ、空振りを許容する必要があります。

もちろん、無責任な空振りを許せと言っているのではありません。
顧客に迷惑をかける失敗、法令違反、品質事故、重大なリスクを軽視する行動は許されません。

しかし、考え抜いた上での提案が通らなかった。
仮説を立てて試したが、思った成果が出なかった。
業務改善を試みたが、関係者の理解を得きれなかった。
新しい顧客価値を提案したが、市場に受け入れられなかった。

こうした失敗まで「評価を下げる材料」として扱ってしまえば、誰も強く振らなくなります。

強く振るには、空振りできる余地が必要です。
三振しても、次の打席に立てる安心感が必要です。
フォームが少し個性的でも、すぐに矯正されない余白が必要です。

人材育成とは、若者をきれいなフォームに整えることではありません。
その人が持っている力を、仕事の中で成果に変えられるように鍛えることです。

きれいなフォームの打者ばかりを並べても、試合を変えることはできません。
時には、少し粗くても強く振れる打者が必要です。
時には、常識から少し外れた視点で、相手の配球を読む打者が必要です

会社も同じです。

安定的に業務を回す人材は必要です。
しかし、それだけでは会社は変わりません。
現場を支える人材と、事業を変える人材は、同じ教育だけでは育たないのです。

特に新入社員研修において重要なのは、最初の段階で「この会社では、問いを持ってよいのだ」と伝えることです。

もちろん、問いには責任が伴います。
思いつきで批判するのではなく、構造を見て考える。
感情で否定するのではなく、顧客価値や業務プロセスに基づいて考える。
言いっぱなしにするのではなく、代替案まで考える。

しかし、その前提として、問いを持つこと自体を歓迎しなければなりません。

若者が最初に学ぶべきことは、「余計なことを言わない方が安全だ」ではありません。
「違和感を仕事に耐えうる問いへと育てれば、会社を良くする力になる」ということです。

もし新入社員研修が、空振りしない方法ばかりを教えているとしたら、その会社からホームランバッターは生まれにくくなります。

ミスをしない社員は増えるかもしれません。
上司に安心される社員も増えるかもしれません。
社内調整のうまい社員も増えるかもしれません。

しかし、事業を変える社員は育ちにくい

企業が本当に欲しいのは、どちらなのでしょうか。

失敗しない社員でしょうか。
それとも、試合を変える一打を打てる社員でしょうか。

この問いから逃げてはいけません。

社員研修が「空振りしない社員」を育てる場である限り、会社は安全に見えます。

しかし、その安全さの中で、事業を変える力は少しずつ失われていきます。

企業に必要なのは、空振りをしない打者だけではありません。
時には、三振を恐れず、強く振り切る打者です

そして、そのような打者は、研修の中で偶然に生まれるのではありません。
問いを歓迎し、違和感を鍛え、挑戦の失敗を学習に変える環境の中で育つのです。

ところが、多くの企業は今日も「失敗を恐れるな」と言いながら、失敗しない作法を丁寧に教えています。
その矛盾に気づかないまま、若者にフルスイングを求めるのは、少々都合がよすぎるのではないでしょうか。

合同会社タッチコア 小西一有

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