
前回は、新入社員研修が「若者を育てる場」ではなく、いつの間にか「凡打製造装置」になっていないか、という問題提起をしました。
もちろん、新入社員研修そのものを否定しているわけではありません。
ビジネスマナー、報告・連絡・相談、コンプライアンス、会社のルール、上司との接し方。
これらは、社会人として働く上で必要な基礎です。
しかし問題は、それらを教える過程で、若者が本来持っている「強く振る力」まで削ってしまうことです。
会社はよく「若手には挑戦してほしい」と言います。
「失敗を恐れるな」とも言います。
「自律的に考えて行動してほしい」とも言います。
しかし実際には、多くの社員研修や職場教育で教えられているのは、挑戦の仕方ではありません。
むしろ、失敗しない振る舞い方です。
失礼のない話し方。
上司に怒られない報告の仕方。
関係者を不快にさせない調整の仕方。
会議で浮かない発言の仕方。
前例から大きく外れない仕事の進め方。
これらは、組織で働く上では大切です。
しかし、こればかりを教えられた社員は、次第に「空振りしないこと」を最優先するようになります。
野球で言えば、フルスイングをしなくなるのです。
ホームランを狙って強く振れば、空振りするかもしれません。
三振するかもしれません。
フォームが崩れるかもしれません。
監督から「なぜそんな振り方をしたのか」と言われるかもしれません。
それならば、軽く当てにいった方が安全です。
内野ゴロでも、バットには当たったと言えます。
少なくとも、豪快な空振りよりは叱られにくい。
企業の中でも、同じことが起きています。
新しい提案をすれば、反論されるかもしれません。
業務の前提を疑えば、現場から嫌がられるかもしれません。
会議で本質的な問いを出せば、空気を壊すかもしれません。
上司の方針に対して別の見方を示せば、生意気だと思われるかもしれません。
それならば、黙っていた方が安全です。
与えられた範囲をきれいにこなした方が無難です。
少し気になることがあっても、「今は言わない方がよい」と判断した方が賢く見えます。
こうして社員は、少しずつ「空振りしない打者」になっていきます。
空振りしない社員は、一見すると優秀です。
報告は丁寧です。
資料もきれいです。
会議でも失言しません。
上司への相談も適切です。
周囲との摩擦も少ない。
しかし、そのような社員ばかりで、事業は本当に変わるのでしょうか。
ここが重要です。
空振りしない社員は、既存の仕事を安定的に進めることには向いています。
決められた業務を、決められた手順で、決められた品質で進める。
これは企業にとって必要な力です。
しかし、事業を変える力は、それとは少し違います。
事業を変える人材は、既存の前提を疑います。
顧客価値を問い直します。
今の業務の流れをそのまま受け入れません。
「この仕事は、本当に必要なのか」と考えます。
「なぜ、この意思決定にこれほど時間がかかるのか」と問います。
「このシステム化は、本当に業務を変えているのか。それとも現行業務をそのままデジタル化しているだけなのか」と見抜こうとします。
こうした問いは、組織にとって少し耳が痛いものです。
しかし、事業を変える入口は、たいてい耳の痛い問いから始まります。
ところが、多くの会社では、耳の痛い問いを出す人よりも、耳ざわりのよい報告をする人が評価されやすい。
問題を掘り起こす人よりも、目の前の仕事を波風立てずに処理する人が評価されやすい。
前提を疑う人よりも、前提を守ってきれいに仕事を進める人が評価されやすい。
これでは、ホームランバッターは育ちません。
ホームランバッターとは、単に派手な成果を出す人のことではありません。
会社の中で言えば、事業の構造を読み、勝ち筋を考え、従来の仕事のやり方を変え、顧客価値を再設計できる人です。
そのような人材は、最初から完成された形で現れるわけではありません。
最初は、少し面倒な若手として現れます。
質問が多い。
納得しない。
前提を確認する。
会議で空気を止める。
「そもそも論」を口にする。
上司が曖昧にしていたことを、言葉にしてしまう。
管理職から見れば、扱いにくい存在です。
しかし、ここで重要なのは、その扱いにくさの中にこそ、将来の変革人材の芽があるということです。
もちろん、何でも疑えばよいわけではありません。
現場を知らないまま批判するだけでは、単なる評論になります。
会社の仕組みを理解せずに正論だけを言えば、周囲を疲れさせるだけです。
しかし、だからといって、問いを封じてしまってよいわけではありません。
本来、社員教育で行うべきことは、若者の問いを消すことではありません。
問いを鍛えることです。
「なぜそう思ったのか」
「どの業務プロセスを見て、そう感じたのか」
「顧客価値との関係で、何が問題だと思うのか」
「それを変えると、誰にどのような影響が出るのか」
「代替案はあるのか」
「短期的な混乱と長期的な価値を、どう比較するのか」
このように問いを掘り下げていくことで、若者の違和感は、単なる感想から仕事に耐えうる仮説へと変わっていきます。
これが教育です。
一方で、「まずは黙ってやりなさい」「会社のやり方を覚えなさい」「今はそういうことを言う段階ではありません」と言ってしまえば、問いは育ちません。
むしろ、問いを持つこと自体が危険だと学習してしまいます。
すると社員は、賢くなります。
ただし、それは事業を変える意味での賢さではありません。
組織の中で傷つかずに生き延びるための賢さです。
この種の賢さは、非常に厄介です。
上司が何を好むかを読む。
会議で誰に先に話を通すべきかを読む。
どの発言をすれば評価されるかを読む。
どこまで言うと危ないかを読む。
どの案件には近づかない方がよいかを読む。
こうした能力は、組織内で生きていく上では役に立ちます。
しかし、それが過剰になると、社員は顧客を見るよりも社内を見るようになります。
顧客の課題よりも、上司の反応。
市場の変化よりも、社内調整。
事業の勝ち筋よりも、部門間の顔色。
本質的な価値よりも、会議で通りやすい資料。
これでは、事業は変わりません。
企業が本当に変わりたいのであれば、社員に「空振りしないこと」だけを教えてはいけません。
むしろ、空振りを許容する必要があります。
もちろん、無責任な空振りを許せと言っているのではありません。
顧客に迷惑をかける失敗、法令違反、品質事故、重大なリスクを軽視する行動は許されません。
しかし、考え抜いた上での提案が通らなかった。
仮説を立てて試したが、思った成果が出なかった。
業務改善を試みたが、関係者の理解を得きれなかった。
新しい顧客価値を提案したが、市場に受け入れられなかった。
こうした失敗まで「評価を下げる材料」として扱ってしまえば、誰も強く振らなくなります。
強く振るには、空振りできる余地が必要です。
三振しても、次の打席に立てる安心感が必要です。
フォームが少し個性的でも、すぐに矯正されない余白が必要です。
人材育成とは、若者をきれいなフォームに整えることではありません。
その人が持っている力を、仕事の中で成果に変えられるように鍛えることです。
きれいなフォームの打者ばかりを並べても、試合を変えることはできません。
時には、少し粗くても強く振れる打者が必要です。
時には、常識から少し外れた視点で、相手の配球を読む打者が必要です。
会社も同じです。
安定的に業務を回す人材は必要です。
しかし、それだけでは会社は変わりません。
現場を支える人材と、事業を変える人材は、同じ教育だけでは育たないのです。
特に新入社員研修において重要なのは、最初の段階で「この会社では、問いを持ってよいのだ」と伝えることです。
もちろん、問いには責任が伴います。
思いつきで批判するのではなく、構造を見て考える。
感情で否定するのではなく、顧客価値や業務プロセスに基づいて考える。
言いっぱなしにするのではなく、代替案まで考える。
しかし、その前提として、問いを持つこと自体を歓迎しなければなりません。
若者が最初に学ぶべきことは、「余計なことを言わない方が安全だ」ではありません。
「違和感を仕事に耐えうる問いへと育てれば、会社を良くする力になる」ということです。
もし新入社員研修が、空振りしない方法ばかりを教えているとしたら、その会社からホームランバッターは生まれにくくなります。
ミスをしない社員は増えるかもしれません。
上司に安心される社員も増えるかもしれません。
社内調整のうまい社員も増えるかもしれません。
しかし、事業を変える社員は育ちにくい。
企業が本当に欲しいのは、どちらなのでしょうか。
失敗しない社員でしょうか。
それとも、試合を変える一打を打てる社員でしょうか。
この問いから逃げてはいけません。
社員研修が「空振りしない社員」を育てる場である限り、会社は安全に見えます。
しかし、その安全さの中で、事業を変える力は少しずつ失われていきます。
企業に必要なのは、空振りをしない打者だけではありません。
時には、三振を恐れず、強く振り切る打者です。
そして、そのような打者は、研修の中で偶然に生まれるのではありません。
問いを歓迎し、違和感を鍛え、挑戦の失敗を学習に変える環境の中で育つのです。
ところが、多くの企業は今日も「失敗を恐れるな」と言いながら、失敗しない作法を丁寧に教えています。
その矛盾に気づかないまま、若者にフルスイングを求めるのは、少々都合がよすぎるのではないでしょうか。
合同会社タッチコア 小西一有
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第1回 新入社員研修は、凡打製造装置なのか