
これまでの連載では、BI(Business Intelligence)が機能しない理由について、構造的に整理してきました。
KPIが機能しないこと、データ定義が統一されていないこと、そしてデータモデルが分析に適していないこと。
いずれも重要な論点ですが、これらの議論の背後には、さらに上位にある前提が存在します。
それは、「そもそも意思決定が設計されているのか」という問いです。
BIとは本来、経営者やマネジメント層の意思決定を支援するための仕組みです。
したがって、BIの出発点には、「どのように意思決定を行うのか」「何を根拠として判断するのか」という明確な意志が存在していなければなりません。
しかし現実には、この前提が成立していない企業が少なくありません。
多くの経営者は、これまで「勘・経験・度胸」、いわゆるKKDによって意思決定を行ってきました。
これは決して誤りではありません。
むしろ、事業が比較的単純で、環境変化のスピードも限定的であった時代においては、KKDは極めて有効な判断手段でした。
現場の感覚や経験に基づく迅速な意思決定は、多くの企業の成長を支えてきたのです。
しかし、事業の複雑性が増し、組織規模が拡大し、環境の不確実性が高まった現在においては、この意思決定の方法は限界を迎えます。にもかかわらず、意思決定のあり方そのものが見直されないまま、BIだけが導入される。この順序の誤りが、多くのBIプロジェクトを形骸化させています。
BIプロジェクトの現場では、「経営者が要件を出してくれない」という声がよく聞かれます。
しかし、これは単純に経営者の能力の問題ではありません。
より本質的には、「経験していないものは言語化できない」という問題です。
データに基づいて意思決定を行うという経験がなければ、「どの指標が必要か」「どの粒度で見たいか」といった要件を具体的に語ることはできないのです。
したがって、BIの要件とは、最初から存在するものではありません。
むしろ、意思決定のあり方を整理し、その構造を言語化する過程の中で、初めて明らかになってくるものです。
このプロセスを経ずにBIを導入すれば、ダッシュボードは整備されても、それが何のためのものなのかが分からないという状態に陥ります。
この問題を解決するために必要なのが、「意思決定の設計」です。
どのような場面で意思決定が行われるのか、その際に何を判断し、どのような基準で意思決定を下すのか。
そして、その判断がどのような行動につながるのか。
この一連の構造を明確にすることが不可欠です。
ここで重要なのは、KKDを否定しないことです。
現実的なアプローチは、KKDを排除することではなく、それを構造化することにあります。
例えば、過去の重要な意思決定を振り返り、そのときに何を見ていたのか、どのような判断基準を持っていたのかを丁寧に分解していく。すると、そこには必ず「暗黙の指標」が存在しています。
「最近、案件の質が落ちている」という感覚は、受注率や案件単価といった形で表現できますし、「この顧客層は伸びている」という認識は、顧客セグメント別の売上や成長率として定義することができます。
このように、勘は仮説に、経験はパターンに、そして度胸は意思決定として再構成することが可能です。
ここまでの議論を踏まえると、BIの本質は明確になります。
BIとは、属人的な意思決定を組織的に再現可能な形に変換する仕組みです。
すなわち、個人の中に閉じていた判断の基準を可視化し、共有可能な形で構造化するための基盤なのです。
したがって、BIを導入する際の正しい順序は、ツールの選定から始まるものではありません。
まず意思決定の実態を明らかにし、その判断基準を言語化し、それを指標として定義する。
その上で、データとの対応関係を整理し、最後にBIとして実装する。
この順序を踏まなければ、BIは必ず形だけの存在になります。
結論として言えるのは、BIは「作るもの」ではないということです。
それは、意思決定を設計した結果として、必要に応じて整備されるべきものです。
したがって、経営者の意思が存在しない状態でBIを導入しても、意味を持ちません。
むしろ、そのような状態で導入されたBIは、組織の混乱を助長する可能性すらあります。
BIを成功させたいのであれば、まず問い直すべきは、「自分たちはどのように意思決定を行いたいのか」という点です。
この問いに真摯に向き合い、その答えを構造として設計することができたとき、BIは初めて価値を持ちます。
合同会社タッチコア 小西一有
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BI 第2回:KPIはなぜ機能しないのか ― 指標設計の落とし穴
BI 第3回:なぜ数字は信用されなくなるのか― データ定義とガバナンスの問題
BI 第4回:なぜ分析できないのか ― データモデル設計という見えない基盤