
前回、AI導入案件が部分最適に終わる理由について書きました。
現場から出てくるAI活用の提案は、たいてい真面目で切実です。けれども、その多くは現場ごとの困りごとに対する個別解であり、そのままでは会社全体の変革にはつながりません。
何を変えるかが定まらないまま環境構築だけが先に進めば、AI導入は「導入した気分」に終わってしまいます。
では、どうすればよいのでしょうか。
私は、多くの会社で不足しているのは、AI案件そのものではなく、AI案件を経営の期待に照らして読み替える場だと思っています。
言い換えれば、必要なのは「AI案件を募集すること」ではなく、「AI案件を翻訳すること」です。
経営は、しばしば中期計画や方針の中で、DXやAI活用への期待を語ります。
たとえば、「業務の生産性を上げたい」「人手不足に対応したい」「顧客接点を強化したい」「属人化を減らしたい」「意思決定を速くしたい」といった表現です。
しかし、こうした言葉は、そのままでは現場の業務設計に落ちません。
一方、現場から上がってくるのは、「議事録を自動化したい」「問合せ対応を効率化したい」「文書の下書きを早く作りたい」といった具体的で個別的な案件です。
ここに、典型的な断絶があります。
経営が語る言葉は抽象的で、現場が語る言葉は具体的です。
経営は方向を示すが、現場は日々の仕事を語る。
この両者は、そのままでは噛み合いません。
だからこそ必要なのが、両者をつなぐ会議体です。
私はそれを、AI導入委員会でも、情報システム戦略会議でも、名称は何でもよいと思っています。
大事なのは名前ではなく、役割です。
その役割とは、経営の期待を現場の提案に翻訳し、現場の提案を経営が判断できる形に再構成することです。
この役割がない会社では、たいてい二つのことが起きます。
一つは、現場案件がそのまま稟議に流れ込み、個別案件として処理されていくこと。
もう一つは、社長や役員が個別案件を直接見て、その都度「良さそうだ」「面白そうだ」「他社もやっているから」と判断してしまうことです。どちらも、全社視点がありません。
その結果、案件は増えるのに、会社としての変化は生まれない。これが、多くの企業の実態です。
本来、この会議体でまず問うべきなのは、「そのAI案件は、経営として何を変えたいという期待とつながっているのか」ということです。
たとえば、ある部門が「問合せ対応にAIを入れたい」と提案してきたとします。
このとき、ただ「便利そうですね」「人が減らせそうですね」と見るのでは不十分です。
見るべきなのは、その案件が、顧客接点の質向上を狙っているのか、間接業務の効率化を狙っているのか、業務標準化を狙っているのか、あるいは知識の属人化解消を狙っているのか、ということです。
ここが整理されると、初めて他の案件との関係が見えてきます。
営業部の提案、総務部の提案、人事部の提案が、実は同じ「知識の検索・再利用」の問題を扱っているかもしれない。
あるいは、別々に見えていた案件が、全社的な文書管理やナレッジ整備の課題に帰着するかもしれない。
こうして、個別案件を束ね直すことができます。
この「束ね直し」が極めて重要です。
なぜなら、DXとは本来、個別案件を増やすことではなく、会社の中に散らばっている問題を構造的に捉え直すことだからです。
したがって、この会議体は、単なる審査機関であってはなりません。
「やってよいか」「危なくないか」を見るだけの場なら、総務や法務の延長で終わります。
もちろん、セキュリティや情報管理の観点は重要です。
しかし、それだけでは経営の期待を翻訳したことにはならない。
必要なのは、少なくとも次のような論点を整理することです。
第一に、その案件は経営課題のどこに効くのか。
第二に、それは部門個別の問題なのか、他部門と共通する構造なのか。
第三に、同種案件を束ねて設計した方が全社最適にならないか。
第四に、その案件は道具の導入なのか、業務の再設計を伴うのか。
第五に、導入後に何をもって成果と評価するのか。
ここまで整理されて初めて、社長や役員は、案件を「個別の便利ツール」ではなく、「経営の選択肢」として見ることができます。
私は、この会議体の真価は、案件を止めることではなく、案件を経営の言葉に変換することにあると思っています。
現場は、業務の言葉で話します。経営は、戦略や優先順位の言葉で話します。
この間に翻訳機がなければ、現場は「せっかく提案したのにわかってもらえない」と感じ、経営は「案件はたくさん出るが、どれが重要かわからない」と感じる。
そして情報システム部門は、両側から案件を押し込まれて疲弊します。
そうならないためには、会議体が必要なのです。
しかも、それは「集まって報告を受ける場」ではなく、案件を束ね、意味づけし、優先順位をつける場でなければなりません。
※実は、このような会議体は、経営学では「ガバナンス機構」と呼ばれます。
AI案件が増えている会社ほど、この場が要ります。
なぜなら、案件数が多いということは、現場の問題意識が高いということでもあるからです。
その貴重な問題意識を、バラバラの導入案件として消費してしまうのか。
それとも、会社の構造改革につながる論点として束ね直すのか。
分かれ道はここにあります。
必要なのは、AI案件の募集ではありません。
経営の期待を翻訳する会議体です。
この場がなければ、現場の前向きさは、会社の変革につながりません。
次回は、その会議体において、なぜCIO、あるいはCIOに準ずる役割からの正確な情報インプットが必要なのかを考えてみたいと思います。
社長が最終判断を下す前に、誰が論点を整理し、判断材料を揃えるのか。そこが次のテーマです。
合同会社タッチコア 小西一有
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