
前回は、空振りしない社員はなぜ事業を変えられないのか、というテーマで書きました。
企業はよく「若手には挑戦してほしい」と言います。
「失敗を恐れるな」とも言います。
「自律的に考えて行動してほしい」とも言います。
しかし、実際の社員研修や職場教育では、挑戦の仕方よりも、失敗しない振る舞い方が丁寧に教えられていることが少なくありません。
今回は、そこから一歩進めて、社員研修における「ロバスト」という考え方について考えてみたいと思います。
ロバストという言葉があります。
一般的には、外部環境の変化や想定外の事態に対して、簡単には壊れないこと、安定して機能し続けることを意味します。
この考え方自体は、非常に重要です。
企業活動において、ロバスト性は欠かせません。
品質管理においても、業務プロセスにおいても、情報システムにおいても、組織運営においても、ちょっとした変化で崩れてしまうようでは困ります。
特定の人しか分からない業務。
例外が起きるたびに止まるプロセス。
担当者が一人休むだけで回らなくなる仕事。
少し条件が変わるだけで破綻するシステム。
現場の頑張りだけで何とか成立している運用。
こうしたものは、確かにロバストではありません。
企業が継続的に価値を提供するためには、壊れにくい仕組みが必要です。
特定の個人の力量に依存しすぎず、一定の品質で業務が回ることも重要です。
不測の事態が起きても、組織として立て直せることも必要です。
したがって、私はロバストという考え方そのものを否定しているわけではありません。
むしろ、業務設計や組織設計においては、非常に大切な概念だと思っています。
しかし問題は、この「ロバスト」という言葉が、社員教育に持ち込まれたときです。
壊れにくい仕組みをつくることと、壊れにくいだけの社員をつくることは違います。
ここを混同すると、社員研修は一気に危ういものになります。
本来、ロバストであるべきなのは、業務の仕組みであり、品質を支えるプロセスであり、組織として価値を提供し続ける能力です。
ところが、それがいつの間にか、社員一人ひとりに対して、次のような振る舞いを求める話に変わってしまうことがあります。
余計なことを言わないこと。
勝手に判断しないこと。
前例から外れないこと。
組織の空気を乱さないこと。
上司が安心して管理できること。
想定外の行動をしないこと。
これでは、ロバストな人材を育てているのではありません。
逸脱しない人材を育てているだけです。
もっと厳しく言えば、社員を強くしているのではなく、扱いやすくしているだけです。
この違いは、非常に重要です。
企業にとって、本当に必要なのは、変化に耐えられる組織です。
しかし、変化に耐える組織をつくることと、変化を起こさない社員を育てることは、まったく別の話です。
ところが、多くの会社では、この二つが混同されています。
「安定した仕事の進め方を覚えましょう」
「組織のルールを守りましょう」
「標準的なプロセスを理解しましょう」
「例外対応は、必ず上司に確認しましょう」
「勝手な判断は避けましょう」
もちろん、これらは必要です。
組織として仕事をする以上、標準化も必要です。
ルールも必要です。
個人の思いつきで勝手に動かれては困ります。
しかし、これだけを徹底すると、社員は何を学ぶでしょうか。
自分で考えるより、確認した方が安全である。
違和感を口にするより、前例に従った方が安全である。
新しいやり方を提案するより、標準手順を守った方が安全である。
顧客価値を問い直すより、既存の業務を滞りなく進めた方が評価される。
こうして、社員はだんだん「壊れにくい社員」になっていきます。
一見すると、それは悪いことではないように見えます。
真面目に働く。
ルールを守る。
報告を怠らない。
上司の指示に従う。
業務を安定的に進める。
組織の秩序を乱さない。
確かに、こうした社員は組織にとって必要です。
しかし、そのような社員ばかりで、事業は変わるのでしょうか。
ここに問題があります。
事業環境が変わらないのであれば、壊れにくい社員だけでも会社は回るかもしれません。
過去の成功パターンがそのまま通用するのであれば、前例を守る社員は貴重です。
市場が安定しており、顧客の要求も変わらず、競合も同じ土俵で戦っているのであれば、既存の仕組みを丁寧に維持するだけでも成果は出るでしょう。
しかし、現実はそうではありません。
顧客の期待は変わります。
競争環境は変わります。
技術は変わります。
働き方も変わります。
業界の境界も変わります。
ビジネスモデルそのものが変わることもあります。
そのような環境で必要なのは、単に壊れにくい社員ではありません。
変化を読み取る社員です。
前提を疑える社員です。
顧客価値を再定義できる社員です。
業務構造を組み替えられる社員です。
場合によっては、既存のルールやプロセスを見直す必要性を提起できる社員です。
つまり、必要なのは「変化に耐える社員」だけではなく、「変化をつくる社員」です。
この違いを見誤ってはいけません。
ホームランバッターは、ロバストな社員とは少し違います。
もちろん、ホームランバッターにも基礎は必要です。
バットの持ち方を知らずにホームランは打てません。
球を見る力も必要です。
相手投手の配球を読む力も必要です。
体幹も必要です。
練習も必要です。
しかし、最後は強く振らなければなりません。
強く振れば、空振りするかもしれません。
三振するかもしれません。
フォームが崩れるかもしれません。
監督から見ると、危なっかしいかもしれません。
それでも、試合を変える一打は、強く振った打者からしか生まれません。
企業におけるホームランバッターも同じです。
「この業務は本当に必要なのでしょうか」
「この会議は意思決定の場なのでしょうか、それとも儀式なのでしょうか」
「このシステム化は、業務を変えているのでしょうか。それとも現行業務を延命しているだけなのでしょうか」
「顧客は本当にこの価値にお金を払っているのでしょうか」
「この会社は、何で勝とうとしているのでしょうか」
こうした問いを出す人材は、組織にとって少し扱いにくい存在です。
なぜなら、その問いは既存の安定を揺さぶるからです。
上司が暗黙のうちに前提としていたものを、言葉にしてしまうからです。
部門間で何となく折り合いをつけていた曖昧さを、表面化させてしまうからです。
しかし、事業を変える入口は、たいていそこにあります。
本当にロバストな組織とは、こうした問いを排除する組織ではありません。
むしろ、こうした問いを受け止め、検討し、必要であれば仕組みを変えられる組織です。
ロバストな組織とは、変化を拒む組織ではありません。
変化に耐え、変化を読み取り、変化に合わせて自らを組み替えられる組織です。
そのためには、社員をおとなしくさせる教育では不十分です。
必要なのは、問いを持つ力を育てる教育です。
業務の構造を読む力を育てる教育です。
顧客価値と社内業務の関係を考える教育です。
標準を守るだけでなく、標準そのものを見直す視点を持たせる教育です。
もちろん、標準を軽視してよいわけではありません。
標準化は重要です。
再現性も重要です。
品質を安定させることも重要です。
しかし、標準とは、守るためだけにあるのではありません。
よりよい標準へと更新するためにも存在します。
現在の標準は、過去の最適解にすぎません。
環境が変われば、過去の最適解が現在の制約になることがあります。
そのとき、社員が標準を守ることしか学んでいなければ、会社は変われません。
「この標準は、今も有効なのか」
「このプロセスは、現在の顧客価値に合っているのか」
「このルールは、品質を守るためのものなのか。それとも単なる社内都合なのか」
「この確認作業は、リスクを下げているのか。それとも責任回避の儀式なのか」
こうした問いを立てられる社員がいて初めて、組織は本当の意味でロバストになります。
壊れにくい組織とは、変わらない組織ではありません。
壊れそうになったときに、自らを組み替えられる組織です。
そう考えると、社員研修におけるロバストの意味も変わるはずです。
ロバストな社員とは、
・上司の指示から外れない社員ではありません。
・想定外の変化が起きたときに、状況を読み、構造を理解し、自ら考え、必要な行動を選べる社員です。
・波風を立てない社員ではありません。
・波が来たときに、どこを守り、どこを変えるべきかを判断できる社員です。
・前例を守る社員ではありません。
・前例が通用しなくなったときに、新しい前提を組み立てられる社員です。
このように考えるなら、社員研修で教えるべきことは、単なる作法や標準手順だけではありません。
教えるべきは、構造です。
仕事はどのように価値へつながっているのか。
どの業務が顧客価値を生み、どの業務が内部都合で増殖しているのか。
どのルールが品質を支え、どのルールが思考停止を生んでいるのか。
どの会議が意思決定を行い、どの会議が責任の分散を行っているのか。
どのプロセスが会社を強くし、どのプロセスが会社を鈍くしているのか。
ここまで教えて初めて、社員は単なる「壊れにくい部品」ではなく、組織を強くする人材になります。
私は、ロバストという言葉を否定しているのではありません。
むしろ、これからの企業には、本当の意味でロバストな組織が必要だと思っています。
しかし、ロバストという言葉を使いながら、社員をおとなしくさせ、問いを封じ、前例から外れない人材を育てているとしたら、それは本来の意味から外れています。
それは、ロバスト研修ではありません。
逸脱防止研修です。さらに言えば、凡打製造装置です。
企業が育てるべきなのは、壊れにくいだけの社員ではありません。
変化を読み、問いを立て、必要なときには強く振れる社員です。
ロバストな仕組みは必要です。
しかし、ロバストという名のもとに、若者のフルスイングまで封じてしまってはいけません。
壊れにくい会社をつくるつもりが、変われない会社をつくってしまう。
社員研修がその入口になっているとしたら、これは決して小さな問題ではないのです。
合同会社タッチコア 小西一有
[関連Blog]
第1回 新入社員研修は、凡打製造装置なのかー社会人に育てることと、強く振れない社員にしてしまうことは違う
第2回 空振りしない社員は、なぜ事業を変えられないのかー失敗しないことを教えすぎると、強く振る力が失われる