
前回、経営学とITの分断が、情報教育のあり方にも影響しているという話をしました。
今回は、その分断がなぜ「教育内容の偏り」として現れるのかを、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。
キーワードは、「作る側の論理」です。
多くの大学における情報教育は、結果として「システムをどう作るか」に重心が置かれています。
プログラミング、データベース、ネットワーク、プロジェクトマネジメント—。
いずれも重要な分野であり、現代のビジネスにおいて不可欠な知識です。
しかし、これらに共通しているのは、
「作る側の視点」であるという点です。
なぜ、このような偏りが生まれるのでしょうか。
理由の一つはシンプルで、
教える側の経験に起因するものです。
情報コースを担当する教員の多くは、ITベンダー出身、あるいは技術分野を専門とする研究者です。
彼らは、システム開発や運用の現場で豊富な経験を積んできています。
その知見は非常に価値があり、学生にとっても有益なものです。
ただし当然ながら、その経験の中心は
「システムをどう作るか」にあります。
人は、自らの経験に基づいて教えるものです。
結果として、教育内容も自然と「作る側」に寄っていきます。
もう一つの理由は、
技術領域の“教えやすさ”にあります。
プログラミングには文法があり、正解があります。
ネットワークやデータベースにも体系化された知識があります。
試験による評価も可能であり、教育として成立させやすい領域です。
一方で、
・業務プロセスをどう設計するか
・経営戦略をどうITに落とし込むか
・組織をどう変革するか
といった領域には、明確な正解がありません。
ケースごとに答えが変わり、評価も難しい。
教える側にも高度な実務知と構造化能力が求められます。
この違いが、教育内容の重心を「作る側」に引き寄せていきます。
では、この偏りによって、何が起きるのでしょうか。
一言で言えば、
「使って変える力」が育ちにくくなるということです。
企業において本当に求められているのは、
単にシステムを作れる人材ではありません。
・どの業務を変えるべきかを見極め
・その構造を整理し
・ITを使って実現可能な形に落とし込む
こうした役割を担う人材です。
しかし、「作る側の論理」だけで教育を受けた場合、発想はどうしても逆になります。
・どんな技術が使えるか
・どんなシステムが作れるか
といった視点から物事を考えるようになる。
その結果、
「できること」を起点にした発想になりやすく、
本来あるべき「何を変えるべきか」という問いが後回しになります。
ここで一つ、よくある誤解があります。
それは、
「技術的に優れたシステム=良いシステム」
という考え方です。
しかし実際には、
技術的に正しいシステムが、経営的に正しいとは限らない
というのが現実です。
どれだけ高度な技術を使っていても、
業務に適合していなければ、使われないシステムになります。
逆に、技術的にはシンプルであっても、
業務にフィットし、意思決定や生産性に寄与するのであれば、それは優れたシステムです。
重要なのは、ここで述べているのが「技術教育は不要だ」という話ではない、という点です。
むしろ、技術に関する理解は不可欠です。
問題は、
それ“だけ”で完結してしまっていることです。
本来必要なのは、
・作る側の視点(技術)と
・使う側の視点(業務・経営)
の両方を行き来しながら考える力です。
そして、その両者をつなぐ領域こそが、これまで十分に扱われてこなかった「IT企画」や「業務設計」の領域です。
経営学部における情報教育が担うべき役割は、まさにここにあります。
単にシステムを作れる人材ではなく、
ITを使って企業や業務を変えられる人材を育てること。
では、そのような人材とは具体的にどのような存在なのでしょうか。
どのような能力が求められ、どのような教育によって育成することができるのでしょうか。
次回は、「IT企画人材とは何か」というテーマで、この点をさらに掘り下げていきます。
合同会社タッチコア 小西一有
[関連Blog]
第1回 経営学部の「情報コース」は誰のためのものか?
第2回 なぜズレたのか?—経営学とITの“不幸な分断”