
今週前半までで(File54‐1~3)、戦略は抽象的であり、現場は具体的であるため、その間には大きな断絶があることを確認してきました。
そして、この断絶を埋める役割として「戦略翻訳者」が必要であることを整理しました。
では、その翻訳者は 何を使って 戦略を業務に変換するのでしょうか。その答えが モデリング です。
多くの企業では、モデリングは「業務フロー図を描くこと」や「データベースの構造図をつくること」だと理解されています。
しかし本当の意味でのモデリングは、それらとはまったく異なります。
モデリングとは、企業がどう戦い、どんな価値を生み出し、そのために業務がどのように構造化されるべきかを表現する技術です。
■ モデリングは“作業手順”ではなく、“意味と構造”を扱う
従来型の業務フロー図は、手順(sequence)を並べるものです。しかし、戦略が求めるのは手順そのものではありません。
戦略が求めるのは、以下です。
•業務の“意味”
•データの“意味”
•判断の“意味”
戦略を実現するためには、その意味を反映した「あるべき構造」を示す必要があります。
したがって、モデリングとは 手順の可視化ではなく、“意味の体系化” です。
■ モデリングがなければ、戦略も業務も「言葉」で漂い続ける
戦略をどれだけ議論しても、
業務担当者はその言葉を“どう実務に変換すればよいか”が分かりません。
逆に、現場から見れば、日々の作業のどこが戦略に影響するのかが見えません。
この両者の断絶をつないでくれるのが、モデリングです。
・ モデルには「論理」がある
戦略の意図を、業務構造という論理的な枠組みへ変換できます。
・ モデルには「一貫性」がある
業務、データ、判断基準が整合した形で表現できます。
・ モデルには「共通言語」の役割がある
部署の垣根を越えて合意形成ができるため、認識の齟齬が減ります。
モデリングがなければ、戦略は“抽象的な言葉”に留まり、
現場の業務も“暗黙知のままの判断”に依存する状態が続きます。
■ モデルが生み出す3つの効果
① 戦略の意図を、業務の設計原理として具体化できる
「この戦略を達成したい」という抽象的な言葉を、
「この業務はこうあるべき」という形に変換できます。
たとえば、「顧客接点の強化」という戦略があった場合、
モデリングを通じて、
•どの接点を重点管理するのか
•どのデータを取得すべきか
•どの判断軸を統一すべきか
といった具合に、具体的な業務構造へ落とし込めます。
② 現場の経験と知識を、構造に統合できる
現場の知恵は貴重ですが、個々人の暗黙知として留めておくと組織の資産になりません。
モデリングはその暗黙知を構造化し、組織全体で再利用可能な形にします。
③ 情報システムの要件が自然と導かれる
モデリングされた業務構造には、必ず「必要なデータ」と「必要な判断」が含まれます。
それらを実行可能にするために、どのような画面や機能が必要かが“自動的に”見えてきます。
つまり、要件定義とは「要求を集める」行為ではなく、モデルから論理的に導き出されるプロセスなのです。
■ 日本企業がモデリングを軽視してきた理由
ここには歴史的背景があります。
① 「経験と勘」で業務が回っていた時代が長かった
構造化しなくても業務が成立していたため、モデル化の必要性が意識されませんでした。
② 業務フロー(手順)を描けば“可視化”だと誤解された
フロー図は一見分かりやすいものの、本質である“意味の構造”は表現できません。
③ ITベンダーとの調整ベースで要件定義が語られてきた
「必要な機能を教えてください」という姿勢が一般化し、モデル起点の要件定義が広がりませんでした。
しかし、戦略の複雑性が増しデータ活用が競争力の源泉となる今、モデリングなしで要件定義を行うことは、企業競争力の低下に直結します。
■ モデリングこそ、要件定義の中核である
要件定義とは、現場の要求をリスト化する作業ではありません。
要件定義とは、
•戦略の意図を理解し
•業務の意味を整理し
•データのあり方を決め
•現場での実行へと翻訳する
“未来の業務の構造を設計する行為” です。
その中心にある技術がモデリングです。
モデリングこそが、戦略と現場を接続し、経営とITを結びつけ、要件を自然な形で導き出す土台となります。
■ 次回予告:(最終回)
次回は、ここまでの内容を統合し、正しい要件定義は戦略の実装設計であるということを、体系的にまとめていきます。
[無料体験]アドバイザリーサービス
今あなたに必要なのは、信頼できる相談相手ではないですか?
合同会社タッチコア 小西一有
File54-1 間違いだらけの要件定義ー「情報システムは誰のためのものか?」という基本からやり直す
File54-2 戦略とは戦略を読んでも現場は動けないー欠落している“戦略翻訳者”という専門職
File54-3「やらないこと」を決める行為であるーなぜ現場の意見と戦略は噛み合わないのか