
経営者には、「売上をどう作るか」 というテーマがあります。
そしてその議論になると、必ず「営業」の話になります。
営業は根性なのか。それとも構造なのか。
私は1988年、新卒で山一證券に入社しました。
配属は本店営業部で、個人営業として社会人生活をスタートしました。
当時の証券会社の営業は、今の感覚からするとかなり体育会系でした。
上司からよくされた指示は、
「今日は名刺を100枚配ってきなさい」
朝そう言われて外に出ます。
そして夕方会社に戻ると、「100枚終わったのか」と確認されます。
終わっていなければ当然叱られます。
とにかく外に出る。
とにかく人に会う。
とにかく名刺を配る。
いわゆる「量の営業」です。
もっとも、会社が完全に無計画だったわけではありません。
誰に会うべきかについても、明確な指示がありました。
「社長か、財務担当役員に会ってきなさい」
証券営業にとって、企業の意思決定者と関係を築くことは非常に重要です。
その意味では、この指示自体は合理的なものだったと言えます。
しかし、ここで現実の壁にぶつかります。
社長や財務担当役員など、そう簡単に会わせてもらえるものではありません。
受付で止められます。
秘書に断られます。
普通であれば、それで終わりでしょう。
ところが当時の営業の世界では、そこで終わりません。
「会えないなら日参しなさい」
という指示が出るのです。
毎日行きなさい。
顔を覚えてもらいなさい。
いつか会えるようになる。
今の若い人が聞いたら、驚くかもしれません。
しかし当時の営業では、これは決して珍しいことではありませんでした。
そして実際、不思議なことが起こります。
毎日やってくる営業マンというのは、次第に無視できなくなってきます。
受付の人とも顔見知りになります。
秘書とも少し雑談をするようになります。
そしてある日、
「少しだけなら」と会わせてもらえることがあります。
つまり当時の営業は「確率を上げるための行動量」に依存していたのです。
もちろん、今の視点から見ると、これはかなり非効率な営業に見えるかもしれません。
しかし一方で、こうも思います。
今の企業の営業は、逆に「行動量」を軽視しすぎているのではないでしょうか。
CRMを導入すれば営業は変わる。
データ分析をすれば顧客が見える。
そうした議論をよく耳にします。
しかし、どれほど分析をしても、最後は人に会わなければ何も始まりません。
営業の本質は、やはり人と会うことにあります。
山一の営業は確かに体育会系でしたが、
その裏には「決裁者に会う」という営業の基本構造がありました。
本来、営業とは構造を理解したうえで、確率を上げる行動を積み重ねる仕事なのだと思います。
今の時代、営業はデータやツールで効率化されています。
それ自体は大切なことです。
しかしどれだけ時代が変わっても、営業の本質は変わりません。
人に会うこと。
そして関係を築くこと。
そのための行動を、根性ではなく、構造として設計できるか。
もし営業を組織として強くしたいのであれば、
必要なのは根性ではなく、行動を支える構造の設計と共有なのだと思います。
合同会社タッチコア 小西一有