TouchCore Blog | ガバナンス:第1回 “誰が決めるか”だけでは、仕事は回らない―ガバナンスの骨格と運用構造は別物である
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ガバナンス:第1回 “誰が決めるか”だけでは、仕事は回らない―ガバナンスの骨格と運用構造は別物である

先週は、中小・中堅企業にとってのガバナンスとは何かを、意思決定の所在と説明責任の所在という観点から整理してきました。

誰が要求を明示するのか。誰が意思決定するのか。

どこで論点を整理するのか。

そうしたことを明らかにすることが、ガバナンスの出発点である、というのが前シリーズの主張でした。

すると、ある方から非常に本質的なご質問をいただきました。
「“決めるように要求する人”と“決める人”と、決める内容を列挙するだけで、本当に仕事が回るのでしょうか?」
私は、この問いはまったくその通りだと思いました。

むしろ、この問いが出てくること自体が、ガバナンスを単なる概念論ではなく、実務として捉えておられる証拠だと感じます。

結論から言えば、列挙するだけでは仕事は回りません。
誰が要求するのか、誰が決めるのかを明らかにすることは、確かに重要です。

しかし、それはあくまで骨格を定めたにすぎません。

骨格があるだけでは、人間の身体が動かないのと同じように、組織の仕事もまた、それだけでは動きません。

実際に仕事を回すには、その骨格の上に、要求を起案し、関係者の確認を経て、必要な審議を行い、正式な意思決定へ到達させるための運用構造が必要です。

ここを理解しないまま経営を考えると、「誰が決めるかさえ決めればよい」という誤解に陥ります。

しかし実務の現場では、問題はもっと手前で発生しています。

要求の内容が粗い、背景が整理されていない、影響範囲が示されていない、関係部署への確認が抜けている、

どの会議で何を審議すべきか分かっていない、正式決裁の前に話だけが進んでしまう。こうしたことは、中小・中堅企業では決して珍しいことではありません。

例えば、新しいITツールを導入したいという要求が現場から出たとします。
このとき、「最終的にはCIOが決める」「あるいは社長が決める」とだけ決めてあっても、それで仕事が回るわけではありません。

その要求は誰が正式に起案するのか。利用目的は整理されているのか。対象範囲はどこまでか。費用はどれくらいか。

セキュリティ面の確認は誰がするのか。既存業務への影響はあるのか。

どこで審議し、誰の確認を経て、どの時点で正式決裁とするのか。

こうした流れがなければ、意思決定者のところに届く頃には、案件の質もばらばらで、判断の前提も揃っていないことになります。


つまり、意思決定者を決めることと、意思決定が機能することは同じではないのです。

ここで必要になるのが、稟議と決裁の考え方です。
多くの会社では、稟議という言葉に対して、あまり良い印象を持っていません。

判子が多い、時間がかかる、形式ばっている、官僚的である。そうしたイメージが先行しがちです。

しかし本来、稟議とはそういうものではありません。

稟議とは、要求を意思決定可能な形に整え、必要な関係者の論点を通し、正式な意思決定に至るまでの構造化されたプロセスです。

この観点に立つと、稟議は単なる事務手続ではなくなります。
それは、要求の質を揃えるための仕組みであり、関係者の見落としを防ぐ仕組みであり、後から「そんな話は聞いていない」「その論点は検討されていない」と揉めないようにするための仕組みです。さらに言えば、意思決定者が適切に判断できるように、必要な情報を整える仕組みでもあります。

一方、決裁もまた、単に上位者が承認することではありません。
決裁とは、組織として正式に意思を確定し、実行責任を発動させる行為です。
※ソニーでは、案件決裁されると「実行命令書」なるものが発行されます。

ここが曖昧だと、会社の中では、「会議で話した」「部長が良いと言った」「社長が口頭で触れた」「メールで返信が来た」といったものが全部ごちゃ混ぜになります。そして、どこからが正式な決定なのかが曖昧になり、実行段階で混乱が起きます。


中小・中堅企業でよく見られるのは、ガバナンスの骨格は何となく意識されていても、それを実際に回すための運用構造が設計されていない状態です。
その結果、要求は人によって上げ方が違い、案件ごとに確認の質が違い、重要な論点が落ちたまま決定が下り、あとから手戻りが起きる。

あるいは逆に、何をどこまで確認すればよいのか分からないため、必要以上に多くの人に回覧し、時間ばかりかかって誰も責任を取らない。

これは、稟議や決裁が多すぎるからではありません。稟議と決裁の設計が曖昧だからです。

したがって、「誰が決めるか」を定めた後に本当に必要なのは、次の問いに答えることです。
・この要求は誰が起案するのか。
・どのような項目を整理して上げるのか。
・どの関係者の確認が必要なのか。
・どこで審議し、どこで正式決裁とするのか。
・決裁後、誰がその実行責任を担うのか。
そして、その流れを誰が滞留なく管理するのか。

この最後の点まで考えたとき、さらに重要になるのが、決裁事務局の存在です。
多くの中小・中堅企業では、この機能が曖昧です。

総務が少し見る、経営企画が場合によって関与する、社長室が補助する、といった形で散在していることが少なくありません。

しかし、本来この機能は、組織の意思決定を迅速かつ正確に流通させる重要なインフラです。

形式を整えるだけでなく、案件の種類に応じて正しい決裁ルートを設定し、滞留を防ぎ、正式決裁と未決裁を区別し、記録を残す。

こうした機能があることで、初めて意思決定は“回る仕組み”になります。

要するに、ガバナンスの骨格と、仕事が回る運用構造は別物です。
前者は、「誰が要求し、誰が決めるか」を明らかにするものです。
後者は、「その要求をどう流通させ、どう審議し、どう正式決定へ到達させるか」を整えるものです。
この二つが揃って、初めて企業の意思決定は機能します。


中小・中堅企業に必要なのは、大企業の複雑な制度の模倣ではありません。
必要なのは、自社に合った形で、要求・審議・決裁・実行の流れを見える化し、滞りなく回るように設計することです。
今回からの連載では、そのための基礎として、まず稟議とは何か、決裁とは何か、そしてなぜ多くの企業でそれが遅く、雑になり、形骸化してしまうのかを順に考えていきたいと思います。

合同会社タッチコア 小西一有