
ここまでの連載で、私は、AI案件がたくさん出てくること自体は悪くないが、それだけでDXが進んでいるとは言えないこと、
そして、現場のAI提案をそのままベンダー発注や個別導入につなげれば、部分最適に終わることを申し上げてきました。
そのうえで前回は、AI導入委員会や情報システム戦略会議のような「経営の期待を翻訳する場」が必要だと書きました。
今回は、その場において、誰が社長や経営陣に対して正確な情報を入れるのか、という話です。
私は、多くの会社で本当に不足しているのは、AIツールそのものよりも、判断材料を整理して経営に渡す役割だと思っています。
これを典型的に担うのがCIO、あるいはCIOに準ずる機能です。
ここで大切なのは、CIOを「ITに詳しい人」と理解しないことです。
そういう理解では、役割を小さく見誤ります。
CIO機能の本質は、システムの仕様やベンダー製品に詳しいことではありません。
経営が意思決定できるように、技術、業務、コスト、リスク、組織影響といった論点を整理し、選択肢の形で経営に渡すことです。
つまり、CIO機能とは、IT部門の親玉ではなく、経営判断を成立させるための整理機能なのです。
社長は、最後には自分で決めなければなりません。これは当然です。会社の経営責任は社長にあります。
しかし、社長がすべての技術論、運用論、データ論、リスク論を自分で精査できるわけではありません。
また、各部署から個別のAI案件が多数上がってきたとき、その案件の背景にある業務構造や全社影響を、社長が直接見抜くのも容易ではありません。
だからこそ、社長の前に、誰かが整理しなければならないのです。
たとえば、ある部門が「社内問い合わせ対応に生成AIを使いたい」と提案してきたとします。
このとき、社長の前にその案件をそのまま持っていって、「便利そうなのでやりましょう」「人件費削減にもつながりそうです」と説明するだけでは、経営判断としては不十分です。
本来、社長が判断する前に、少なくとも次のような論点は整理されていなければなりません。
その案件は、本当に問い合わせ対応の効率化を目的としているのか。
あるいは、知識の所在がバラバラで、属人化していることが本質問題なのか。
もし後者なら、AIを入れる前に、文書体系やナレッジの持ち方を整える必要があるのではないか。
他部門でも似たような課題が起きているのではないか。
個別にツールを入れるより、全社的な知識基盤として考えた方がよいのではないか。
取り扱う情報の機密性はどうか。
誤答が出た場合の業務影響はどうか。
運用責任は誰が持つのか。
導入費用に対して、どの程度の効果を見込むのか。
試行導入で十分なのか、本格導入が必要なのか。
こうした論点を整理しないまま社長に案件を上げれば、社長は印象で決めるしかありません。
「便利そうだ」
「流行っている」
「競合もやっていそうだ」
「安全そうな大手ベンダーなら問題ないだろう」
そうした判断になりやすい。
けれども、それは経営判断ではなく、情報不足の中での反応にすぎません。
CIO機能が果たすべき役割は、まさにこの状態を防ぐことです。
重要なのは、社長の代わりに決めることではありません。
社長が決められる状態をつくることです。
ここを取り違えると、CIO機能は権限争いの話になってしまいます。
「誰が主導権を持つのか」
「情報システム部が強くなるのか」
そういう話ではありません。
本質は、経営が、整理された論点と選択肢のうえで判断できるようにすることです。
そのために、CIO機能は、現場の提案をそのまま受け流すのではなく、業務の本質課題を読み解き、技術的実現性を見極め、ベンダー提案を評価し、費用と効果を比較し、リスクと統制の観点を加えたうえで、経営に提示しなければなりません。
ここで注意したいのは、CIO機能は、単なる「慎重論の番人」でもないということです。
時々、情報システム部門や管理部門が、何に対しても「危ない」「情報漏洩が心配」「ルールが未整備」と言って止めるだけの存在になっていることがあります。
しかし、それでは現場から見れば「何もさせてくれない部門」にしか見えません。
CIO機能に求められるのは、止めることではなく、前に進めるために整理することです。
やるべきでない案件は、なぜやるべきでないのかを説明する。
やる価値のある案件は、どういう条件なら進められるのかを示す。
試行導入で十分なものは、小さく始める道筋をつくる。
全社影響が大きいものは、個別導入ではなく全社設計として扱う。
つまり、前進のための構造化こそが本務なのです。
現実には、中堅・中小企業で正式なCIOが置かれていることは多くありません。
けれども、肩書がなくても、この機能は必要です。
社長の右腕としてITと業務の両方を見られる人かもしれない。
企画部門の責任者かもしれない。
外部アドバイザーがその一部を担う場合もあるでしょう。
重要なのは肩書ではなく、社長の前に論点を整理する人がいるかどうかです。
AI案件が増えている会社ほど、この役割が必要になります。
案件が多いということは、判断すべきことが増えているということだからです。
判断材料を整理しないまま社長に案件が上がれば、社長は疲れます。
現場も疲れます。
情報システム部門も疲れます。
そして最後には、「AIに取り組んでいるはずなのに、何も定着しない」という状態に陥ります。
社長が最後に決める。
これは経営の原則です。
しかし、その前に、誰かが整理しなければならない。
この当たり前のことが抜け落ちると、DXもAI活用も、運と勢いに左右されるだけになります。
CIO機能が果たすべき本当の役割は、ITの専門家であることではありません。
社長が責任ある判断を下せるように、論点を整理し、選択肢を整え、判断材料を揃えることです。
次回はいよいよ最終回です。
DXに必要なのはAI案件そのものではなく、社長が最後に決められるようにするための意思決定の仕組みである、という本シリーズ全体の結論をまとめたいと思います。
合同会社タッチコア 小西一有
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