
前回は、「ロバスト」という言葉を手がかりに、社員研修の危うさについて考えました。
ロバストという考え方そのものは、とても重要です。
品質、業務プロセス、情報システム、組織運営。企業活動の多くの場面において、外部環境の変化や想定外の事態に対して簡単には壊れない仕組みをつくることは、極めて大切です。
しかし、壊れにくい仕組みをつくることと、壊れにくいだけの社員をつくることは違います。
本当に必要なのは、変化を拒む社員ではありません。
変化を読み取り、必要なときには仕組みそのものを組み替えられる社員です。
今回は、この問題をもう少し別の角度から考えてみたいと思います。
世の中には、企業買収や経営改革の場面で、「一定年齢以上の社員は不要だ」という趣旨の話が語られることがあります。
こうした話は、非常に刺激的です。
年齢によって人の価値を決めるように聞こえるため、不快に感じる方も多いでしょう。
私も、年齢だけで人材の価値を判断する考え方には賛成できません。
人は年齢だけで決まるものではありません。
35歳でも、50歳でも、70歳でも、学び続け、問い続け、変化し続ける人はいます。
反対に、20代であっても、すでに組織の空気だけを読んで、何も問わなくなっている人もいます。
したがって、問題は年齢そのものではありません。
問題は、会社の型に加工され切ってしまった人材です。
新入社員として入社した直後の若者は、多くの場合、まだ会社の常識に染まり切っていません。
だからこそ、素朴な違和感を持ちます。
「なぜ、この会議は毎週行われているのでしょうか」
「この資料は、本当に誰かの意思決定に使われているのでしょうか」
「なぜ、お客様への説明より、社内説明の方が大変なのでしょうか」
「なぜ、同じ内容を何度も別の形式で報告しているのでしょうか」
「この仕事は、本当に価値を生んでいるのでしょうか」
こうした問いは、未熟に見えることがあります。
現場を知らないからこその疑問もあります。
経験不足ゆえに、事情を理解していない問いもあります。
しかし、それでもなお、この違和感は貴重です。
なぜなら、その違和感は、組織が当たり前だと思い込んでいるものを揺さぶる可能性を持っているからです。
ところが、多くの会社では、この違和感が大切に扱われません。
むしろ、時間をかけて少しずつ削られていきます。
最初は、研修です。
「まずは会社のやり方を覚えてください」
「勝手に判断しないでください」
「疑問があれば、まず上司に確認してください」
「報告・連絡・相談を徹底してください」
「組織人としての振る舞いを身につけてください」
もちろん、これらは必要です。
社会人としての基礎を教えることは重要です。
組織の中で仕事をする以上、最低限の作法やルールを理解する必要があります。
しかし、それだけを繰り返し教えられると、若者はこう学びます。
問いを立てるより、まず従った方がよい。
違和感を言葉にするより、空気を読んだ方がよい。
強く振るより、当てにいった方が安全である。
次に、現場で学びます。
「それは昔から決まっていることです」
「まずは一通りやってから言ってください」
「現場には現場の事情があります」
「正論だけでは仕事は回りません」
「上司を飛ばして話を進めないでください」
「関係者には、事前に根回しをしてください」
これも、すべてが間違っているわけではありません。
現場には現場の事情があります。
正論だけで仕事が回らないこともあります。
関係者への配慮も必要です。
しかし、こうした言葉が繰り返されるうちに、若者の中で何かが変わっていきます。
疑問を持つことは悪いことではない。
しかし、口に出すと面倒が起きる。
問題に気づくことは大切かもしれない。
しかし、それを指摘すると自分の仕事が増える。
本質的な問いを立てることには意味がある。
しかし、会議の空気を止めると評価されにくい。
こうして、若者は賢くなります。
ただし、それは事業を変える意味での賢さではありません。
組織の中で傷つかずに生きるための賢さです。
上司が何を好むかを読む。
誰に先に話を通すべきかを読む。
どの論点には触れない方がよいかを読む。
どの案件に関わると面倒になるかを読む。
どこまで言えば安全で、どこから先は危ないかを読む。
この能力は、会社の中で働く上では便利です。
むしろ、一定の規模の組織では、こうした感覚がなければ仕事が進まない場面もあります。
しかし、この能力が過剰に発達すると、社員は顧客を見るよりも社内を見るようになります。
顧客の課題よりも、上司の反応。
市場の変化よりも、部門間の力学。
事業の勝ち筋よりも、会議で通りやすい説明。
本質的な価値よりも、誰が反対しそうかという読み。
こうなると、社員は仕事をしているように見えます。
資料も作ります。
会議にも出ます。
調整もします。
報告もします。
しかし、事業を変える力は弱くなっていきます。
ここで大切なのは、「年齢が上がるから駄目になる」のではないということです。
年齢が問題なのではありません。
組織の中で長く過ごすうちに、違和感を持たない方が安全だと学習してしまうことが問題なのです。
もっと正確に言えば、違和感を持っていても、それを口にしない方が得だと学習してしまうことです。
この学習は、非常に静かに進みます。
誰かが明確に「問いを持つな」と命令するわけではありません。
「余計なことを言うな」と毎日叱責されるわけでもありません。
ただ、少しずつ分かってくるのです。
本質的な問いを出した人よりも、上司の期待に沿った資料を出した人が評価される。
難しい問題を掘り起こした人よりも、問題がないように見せた人が評価される。
顧客価値を問い直した人よりも、既存の計画を遅れなく進めた人が評価される。
変えるべきことを言った人よりも、波風を立てずにまとめた人が評価される。
そうなると、社員は自然に強く振らなくなります。
野球で言えば、ホームランを狙うより、内野ゴロでもよいからバットに当てに行くようになります。
空振りすれば、目立ちます。
三振すれば、責任を問われます。
強く振って失敗すれば、「なぜそんなことをしたのか」と言われます。
一方で、当てに行った凡打は、あまり責められません。
大きな成果は出ていないかもしれない。
しかし、大きな失敗もしていない。
組織の中では、それが安全なのです。
こうして、会社は少しずつ「凡打を打つことに慣れた社員」を増やしていきます。
本人に悪気はありません。
むしろ、真面目なのです。
会社のルールを守り、上司に配慮し、関係者と調整し、責任を果たそうとしている。
しかし、その真面目さが、いつの間にか事業を変える力を奪っていることがあります。
ここが、非常に厄介です。
怠け者であれば、問題は分かりやすい。
能力が低ければ、教育や配置の問題として扱いやすい。
しかし、真面目で、優秀で、調整能力もあり、上司からも信頼されている社員が、実は事業を変える力を失っている。
これは、かなり根深い問題です。
しかも、このような社員は、組織の中では評価されやすい。
なぜなら、管理職にとって扱いやすいからです。
報告が丁寧。
大きな失敗をしない。
周囲と揉めない。
余計な論点を持ち込まない。
上司の意向をよく理解している。
会議を無難に進める。
管理する側から見れば、安心できる社員です。
しかし、会社が変革を必要としている局面では、その安心感が足かせになります。
変革とは、既存の前提を疑うことです。
事業の勝ち筋を問い直すことです。
業務構造を組み替えることです。
場合によっては、これまで評価されてきた仕事のやり方そのものを見直すことです。
そのとき必要なのは、上司を安心させる社員だけではありません。
上司が見落としている論点を指摘できる社員です。
会議を無難に終わらせる社員だけではありません。
会議が本当の意思決定になっていないことを指摘できる社員です。
前例を守る社員だけではありません。
前例が現在の事業環境に合っていないことを示せる社員です。
つまり、必要なのは、違和感を失っていない社員です。
では、どうすればよいのでしょうか。
答えは、若手の違和感を大切にすることです。
ただし、何でも自由に言わせればよいという意味ではありません。
違和感を、仕事に耐えうる問いへと鍛える必要があります。
「なぜそう思ったのか」
「どの業務プロセスを見て、そう感じたのか」
「顧客価値との関係で、何が問題なのか」
「そのやり方を変えると、誰にどのような影響が出るのか」
「代替案はあるのか」
「短期的な混乱と長期的な価値を、どう比較するのか」
こうした問い返しによって、若手の違和感は鍛えられます。
未熟な違和感を、未熟なまま放置してはいけません。
しかし、未熟だからといって潰してもいけません。
大切なのは、違和感を構造的な問いに育てることです。
そのためには、研修や職場教育のあり方も変える必要があります。
単に会社のルールを教えるだけでは不十分です。
単に報告・連絡・相談の型を教えるだけでも不十分です。
単に標準手順を覚えさせるだけでも不十分です。
なぜそのルールがあるのか。
なぜその手順になっているのか。
どの業務が顧客価値につながっているのか。
どの会議が意思決定で、どの会議が儀式なのか。
どこに調整コストが発生しているのか。
どの標準が品質を支え、どの標準が変化を妨げているのか。
こうした構造を教えなければなりません。
会社が社員に求めるべきなのは、単なる順応ではありません。
構造を理解した上で、必要なときに問いを立てられることです。
年齢を重ねること自体は、悪いことではありません。
経験は、本来、大きな武器です。
現場を知っていること、顧客を知っていること、組織の動かし方を知っていることは、若手にはない力です。
問題は、その経験が問いを深める方向ではなく、問いを消す方向に働いてしまうことです。
経験があるからこそ、より本質的な問いを立てられる。
現場を知っているからこそ、業務構造の矛盾を見抜ける。
顧客を知っているからこそ、会社都合の仕事を疑える。
組織を知っているからこそ、変革の進め方を設計できる。
本来、年齢を重ねた社員は、こうあるべきです。
しかし、会社の型に馴染みすぎると、経験は武器ではなく鎧になります。
身を守るには役立つが、速く動けなくなる。
攻めるには重すぎる。
変化するには硬すぎる。
これが、会社の中で長く過ごすことの危うさです。
繰り返しますが、問題は年齢ではありません。
問題は、違和感を失うことです。
さらに言えば、違和感を持っていても、それを仕事に変える力を失うことです。
企業が本当に人材を育てたいのであれば、新入社員の段階から、違和感を潰してはいけません。
若手の問いを、面倒なものとして処理してはいけません。
強く振ろうとする社員を、早々に矯正してはいけません。
ホームランバッターは、最初から完成された打者ではありません。
空振りもします。
三振もします。
フォームも個性的かもしれません。
しかし、試合を変える一打は、そういう打者から生まれます。
会社も同じです。
事業を変える人材は、最初から扱いやすい社員ではありません。
時に面倒な問いを立てます。
前提を疑います。
会議の空気を止めます。
上司が見落としている論点を突きます。
それを未熟として潰すのか。
可能性として鍛えるのか。
この選択の積み重ねが、10年後、15年後の人材の姿を決めます。
35歳で失われるのは、若さではありません。
失われるのは、違和感です。
そして、違和感を失った社員は、会社の中で上手に振る舞うことはできます。
しかし、事業を変える一打を打つことは難しくなります。
企業が本当に恐れるべきなのは、社員の年齢が上がることではありません。
社員が、会社の常識に慣れすぎて、もう何も問わなくなることです。
それにもかかわらず、多くの企業は今日も、若者を早く会社になじませようとしています。
将来のホームランバッターに、会社の空気の読み方を熱心に教えながら。
合同会社タッチコア 小西一有
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