
「それは、私の担当ではありません」
DX・AIプロジェクトの会議では、よく似た光景が繰り返されます。
現場、管理職、DX推進部門、情報システム部門、ベンダー、そして経営者。それぞれが、自分の立場から正しいことを言います。
誰も責任逃れをしているわけではありません。それぞれが、自分の役割に忠実なだけです。
現場は「目の前の作業を楽にしたい」と考えます。
情報システム部門とベンダーは「予定どおり動かしたい」と考えます。
経営者は「早く投資効果を示してほしい」と考えます。
どれも間違いではありません。
ところが、すべてが実現しても、会社が強くなるとは限りません。
作業は楽になった。システムは動いた。投資効果も計算した。
それでも、顧客への価値提供も、判断の質も、組織の学習力も変わっていない。
そんなプロジェクトが生まれます。
会社は、以前できなかった何を、できるようになったのか。
この問いに答える人だけが、会議にいないのです。
全員が正しいまま、会社だけが間違う
現場は作業時間を減らします。部門長は自部門のKPIを守ります。
情報システム部門は安定稼働を優先します。ベンダーは契約どおり納品します。経営者は短期の利益を確かめます。
それぞれの範囲では合理的です。
しかし、部分最適の足し算は、全体最適にはなりません。
むしろ、各部門の正しさが互いを押し返し、会社全体の変化を止めることがあります。
顧客価値と無関係な業務を効率化し、不要な承認をワークフロー化し、分断されたデータをAIに読ませれば、古い経営の癖が最新技術で固定されます。
構造なきDXは、会社を変えるのではありません。
変われない会社を高速化するだけです。
「誰も間違っていない」は、安心材料ではなく、経営構造が壊れているという警告です。
「責任者」はいても、「設計者」がいない
多くの企業には、プロジェクトマネージャーがいます。DX推進責任者も、システム責任者も、業務責任者もいます。
会議体も、稟議も、報告ルートもあります。
しかし、どの顧客に、どの価値を届けるのか。そのために会社として何ができるようになるのか。どの業務が価値を生み、どの情報をつくり、誰が何を判断し、どこに責任を置き、IT・AIをどう実装するのか。
この連鎖を、一つの構造として設計する人は、驚くほど少ないのです。
プロジェクト責任者は、納期、予算、課題を管理します。調整役は、関係者の合意を取り付けます。
どちらも必要です。
しかし、管理と調整は、設計ではありません。
設計の空白を会議と根回しで埋めると、要件は現場要望の寄せ集めになり、経営の意思はスローガンのまま、最後はベンダーが「作れるもの」に収束します。
責任の所在が曖昧なのではありません。
能力設計の責任そのものが、定義されていないのです。
経営が所有し、ビジネスアーキテクトが設計する
会社として獲得すべき能力を決める責任は、経営にあります。
外部へ委ねることも、DX推進部門へ丸投げすることもできません。
ただし、経営者が一人で業務モデルや情報構造を描く必要はありません。
必要なのは、その設計を担う役割を明確に置くことです。
私は、この役割をビジネスアーキテクトと呼びます。
経営者の問題意識を業務構造へ翻訳し、現場の違和感を設計課題へ変え、業務、情報、判断、責任、組織、IT・AIを一つにつなぐ。現場の知を、個人技ではなく、会社として再現できる「設計知」に変える役割です。
そして、この役割には権限が要ります。
経営者の思いつきを、そのまま要件にしない。
現場要望を、そのまま機能にしない。
ベンダー提案を、そのまま稟議にしない。
問い直し、差し戻し、必要なら止める権限です。
「止められない設計者」は、設計者ではありません。
単なる調整役です。会社が間違ったものを、予定どおり作ることを防ぐ。
それは妨害ではなく、企業統治です。
「誰も間違っていない」を終わらせる
DX・AI投資の成否は、技術選定より前に決まります。
「この投資で何ができるようになるのか」「誰がその能力を設計するのか」
「その人に問い直す権限があるのか」。
この三つが曖昧なら、導入を急ぐべきではありません。
「みんなで考えます」は、聞こえのよい言葉です。
しかし、設計責任まで薄めれば、「誰も引き受けません」の丁寧な言い換えになります。
導入責任を置くだけでは、会社は変わりません。
会社の能力を設計する責任と権限を置いて、初めてDXは経営になります。
設計知経営とは、現場の知を、業務、情報、判断、責任、組織、IT・AIの構造に宿らせ、会社として再現可能な能力へ変える経営です。
AIを導入する前に、設計者を決めてください。
設計者がいないまま進めるDXは、投資ではありません。高価な成り行きです。
最終回の問いは一つです。
あなたの会社で、会社の能力を設計しているのは誰ですか。
答えが「みんな」なら、実際には誰もいないかもしれません。
合同会社タッチコア 小西一有
第1回 経営力向上とは、「設備を入れること」ではない|DX・AI投資は、本当に経営力向上になっているのか
第2回 デジタル担当は、なぜ「使うのは現場の責任」と言うのか|DX・AI投資は、本当に経営力向上になっているのか
第3回 現場は、なぜ「楽になればよい」と考えてしまうのか|DX・AI投資は、本当に経営力向上になっているのか
第4回 それで、いくら儲かるのか|DX・AI投資は、本当に経営力向上になっているのか
第5回 なぜ「導入成功」を成果にしてしまうのか|DX・AI投資は、本当に経営力向上になっているのか