「墓守」から「御用聞き」へ─もうひとつの停滞
イノベーション部隊が過去のプロダクトに固執して“墓守”になってしまう問題について、これまで述べてきました。しかし、もうひとつ見逃せない現象があります。
それは、イノベーション部隊が「御用聞き」になってしまうという現象です。
つまり、現場の声を聞きに行くことが活動の中心となり、「何かお困りごとはありませんか?」「改善してほしいことはありますか?」といった受動的な課題対応屋になってしまっているのです。
これでは、本来の役割である「未来の問いを立てる存在」「大胆な仮説で変化を起こす存在」としてのイノベーション部隊の意義が失われます。
なぜ御用聞きになってしまうのか?
イノベーション部隊が御用聞きに陥る背景には、以下のような事情があります。
1. 現場との関係を“築きすぎた”結果
•「信頼を得ること」が目的化し、相手の顔色をうかがう行動に偏る
•「とにかく現場の声を拾え」というマネジメントの方針に縛られる
2. 自ら問いを立てる力が弱い
•ビジョン設計や課題構造の分析よりも、「ヒアリング能力」が重視される
•業務知識はあっても、そこから仮説を構築する思考訓練がなされていない
3. 成果を「案件数」で測ってしまう
•たくさんのPoCを回すこと自体がKPIとなり、「深い問い」よりも「処理量」が優先される
•現場起点で小粒な要望に応える活動が積み上がり、リソースが消耗されていく
結果として、誰の問題を解いているのか分からないまま“改善屋”になり下がる。これでは、組織に変革をもたらすことはできません。
「挑戦」を取り戻すための設計原則
挑戦者としての本分を取り戻すには、個人の意識改革だけでなく、組織としての仕組みと期待値の設計が必要です。ここでは、イノベーションを“仕事として成立させる”ための設計原則を5つ提示します。
原則1:現場の声を“素材”にとどめる
ヒアリングは出発点に過ぎません。そこから問いを抽出し、構造化し、変革シナリオを描くのがイノベーション部隊の役割です。
•「何に困っているか」ではなく、「なぜ困っているのか」を問う
•複数の現場課題から“共通構造”を見出し、組織全体への波及可能性を探る
•ヒアリングの結果を即案件化せず、仮説として練り直す時間を確保する
原則2:ミッションに“問い”を内蔵する
「困っていることを解決する」だけではイノベーションにはなりません。むしろ、まだ誰も困っていると気づいていないことを問い直す力こそが価値になります。
•「●●を10倍効率化するには?」という大胆な問いをチームで掲げる
•目の前の課題の“前提”そのものを再定義する視点を持つ
•「問題発見の発見」を行う──つまり、何が問題かを再発見する力を評価する
原則3:PoCを“実験”として設計する
御用聞き型のPoCは「要望→対応→確認」で終わってしまいます。これでは学びも再現性も生まれません。
•PoCには明確な仮説(〇〇すれば××になる)を設定し、それを検証する目的で設計する
•成功/失敗どちらからも学びを抽出するための、振り返りフレームを組み込む
•現場の要求にそのまま応えるのではなく、「実験条件」として加工する
原則4:案件を“戦略テーマ”とひもづける
イノベーションの案件群が、バラバラに点在していると「便利屋」になります。
すべての案件が、組織としての重点戦略や将来像と接続されていることが重要です。
•イノベーション部隊は「組織がどこに行きたいか」を見据えている必要がある
•組織の戦略テーマごとにPoCや調査・観察テーマを整理する
•個々の現場対応も、「何に向かう途中か?」という文脈に載せる
原則5:挑戦の“仮免許期間”を制度化する
常に成果を求められる環境では、人は安全な改善に逃げます。
“失敗を許容される探究フェーズ”を制度化しない限り、本質的な問いに立ち向かう挑戦は生まれません。
•「半年間は“成果不要の実験テーマ”に集中してよい」制度を設ける
•評価指標に「価値ある失敗」や「仮説の質」を盛り込む
•経営陣が“失敗から学んだ者を称賛する文化”を明示的に支援する
イノベーションは“問い”である
イノベーションとは、結局のところ「問いを立てる力」です。
そして、その問いは、現場の声からではなく、現場を観察し、構造を読み解き、未来を想像することで生まれます。
マネジメントがすべきことは、イノベーション部隊に「自由にやっていいよ」と言うことではありません。
そうではなく、問いを立てられるような構造・制度・期待の設計を行うことです。
終わりに:“挑戦する組織”の条件
•墓守ではなく、卒業できる仕組みを持つこと
•御用聞きではなく、自らの問いを立てる文化を持つこと
•挑戦を“例外”ではなく“習慣”として成立させる構造を持つこと
この連載が、読者の皆さまの組織において、「次の挑戦」が次々に生まれていく環境を設計するヒントになれば幸いです。
第1回:イノベーションが停滞する組織の共通課題とは?
第2回:コードだけじゃない、業務設計のリファクタリングとは?
第3回:なぜ部門間の対立は起こるのか?~構造的背景を探る
第4回:マネジメントが取るべき5つのアクション
合同会社タッチコア 代表 小西一有