「合気道的ビジネスモデル」ー真っ向勝負を避けて勝つ、“構造設計”という武器
企業はよく「差別化が重要だ」と言われます。しかし、それは**どこで・誰と・何で差別化するのか?**という“構造の問題”を飛ばして語られることが多いのです。
本記事では、「競合と正面からぶつからず、相手の力を利用して勝つ」
まさに合気道のようなビジネスモデルを2つの実例から解き明かします。
事例1:リーチ歯ブラシー 売場構造と収益モデルを突く
1980年代、オーラルケア市場はライオンやサンスターが圧倒的なシェアを誇り、特に歯磨き粉を中心とするセット販売が主流でした。そこへJ&J(ジョンソン・エンド・ジョンソン)は、後発・無名ブランド・単品商品で参入します。
それが「リーチ歯ブラシ」です。
当初、先発メーカーは鼻で笑いました。
「たった一本の歯ブラシで参入?無理だろう」
「我々のブランド力には敵わない」
しかし結果は真逆。リーチは爆発的ヒット商品となり、棚を広げさせ、ブランドポジションを築きます。
ー勝因は“構造のズラし”にあった
•コンセプト:「奥まで届く」=コンパクトヘッド
•売場提案:「医療・衛生」カテゴリとして棚の新設を促す
•収益構造:歯磨き粉に依存しない単品利益構造
先発メーカーはリーチを模倣できませんでした。なぜなら、歯ブラシを高性能にすればするほど、主力の歯磨き粉の売上が減るという構造的ジレンマがあったからです。
J&Jはこの構造を逆手に取り、自社が持たない商品カテゴリ(=歯磨き粉)を“持たないからこそ、自由に設計できる”立場を武器に変えたのです。
事例2:VHS vs β-Max── プラットフォーム競争の“補完財戦略”
ソニーが開発したβ-Maxは、技術的に優れた家庭用ビデオフォーマットでした。1975年に先行発売され、映像画質・筐体設計ともに高水準。教育市場を制していたソニーは、学校・自治体などの映像教育用途で全国にインストール実績がありました。
そこへ後発として登場したのが、JVC(ビクター)と松下電器(パナソニック)によるVHS陣営です。
スペックではβ-Maxに及ばず、ビジネスとしても不利と思われましたが、彼らは“戦場”を変えました。
ー勝因は“補完財”への集中投資
•VHSは、家庭用娯楽市場にフォーカス
•特に、大人向け(アダルト含む)コンテンツ制作を支援
•コンテンツ会社に資金提供し、「VHSで出せば儲かる構造」を作る
一方でソニーは、教育・公共市場のイメージが強すぎて、アダルトコンテンツには踏み込めませんでした。倫理観の壁・ブランドイメージの制約が“技術の優位”を無力化してしまったのです。
つまり、補完財の戦略的な設計こそが、プラットフォーム競争を制した鍵だったのです。
合気道的ビジネスモデルに共通する「構造的特徴」
これら2つの事例には、以下のような共通する構造的ロジックがあります。
構造設計の視点 リーチ歯ブラシ VHS
主戦場のズラし方 売場(薬局棚)構造をずらす ターゲット市場(教育→娯楽)を変える
コンセプトの再定義 「奥まで届く=衛生」 「楽しむ=選べる=大人の世界」
補完財の活用 歯磨き粉を“持たない”強み アダルトコンテンツと連動
相手の構造的制約 自社歯磨き粉との利益相反 教育イメージによる倫理的制約
自社の強みの活かし方 単品で利益確保・棚提案 コンテンツ会社との関係性設計
中小企業にとっての示唆
これらの事例から導かれる中小企業向けの戦略的ヒントは明確です:
1.強者の“構造的な制約”を洞察せよ
→ 何が彼らを“動けなく”しているのか?
2.自社が持っていない資産を逆に武器にせよ
→ 「持たないからできること」は案外多い
3.補完財(コンテンツ・流通・習慣)を先に制せよ
→ 技術より“つながる仕組み”を作るほうが強い
4.戦場を選び、自分の土俵で戦え
→ スペックや価格ではなく、設計思想で勝負
終わりに:勝つのではなく、勝たせない構造を設計する
合気道とは、「相手の力を受け流し、無理に勝とうとせず、構造で優位を作る」武道です。
ビジネスもまったく同じ。中小企業は、資本でもブランドでも勝てません。だからこそ、「構造設計」で勝つ道があるのです。
「合気道的ビジネスモデル」とは、構想ではなく“構造による勝利”です。
勝とうとするな。勝てない構造にせよ。
それが、これからの中小企業の戦い方です。
合同会社タッチコア 小西一有
[連載]中小企業の未来を拓く
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第3回:「デジタル=業務効率化」ではない!ービジネスモデルの中核に置くべき理由
第4回:中小企業こそ試すべき!「小さく試して大きく育てる」モデル変革の進め方
第5回:“真似できない仕組み”をつくれー大企業の追随を許さないビジネスモデルの条件