TouchCore Blog | File54-5 正しい要件定義とは“戦略の実装設計”であるー現場調整ではなく企業の未来を形づくるプロセス
TouchCore Blog

File54-5 正しい要件定義とは“戦略の実装設計”であるー現場調整ではなく企業の未来を形づくるプロセス

全5回の最終回となる今回は、これまで扱ってきた論点を統合し「要件定義とは何か?」という本質的な問いに立ち返ります。

多くの企業では、要件定義を「現場の声を集めるプロセス」と捉えています。現場の困りごとを聞き、既存業務の改善点を可視化し、それをシステム要件として整理するー。
こうした取り組みは一見合理的に見えますが、企業の戦略に沿った本来の要件定義とは大きく異なります。
要件定義とは、企業の未来の業務モデルと情報の流れを設計するプロセスであり、それはすなわち 戦略の実装設計 に他なりません。

■ 要件定義は“現場調整”ではない

前提として確認すべきは、情報システムとは 現場のための便利ツールではなく、経営の戦略を実装する装置 だということです。したがって、要件定義とは本来、
•現場の希望を取りまとめる
•システムに必要な画面や機能を集める
•部門間の調整を行う
といった“調整業務”を指すのではありません。
これらは必要な活動ではあるものの、要件定義の“中心”ではありません。

■ 正しい要件定義は「戦略 → 構造 → 実行」の橋渡し

要件定義の中心は、戦略を実行可能な業務構造へ翻訳することです。
そのためには次の3つの段階が不可欠です。
① 戦略の意図を読み解く(方向性・目標・やらないこと)
戦略は、企業がどこに向かうべきかを示す抽象的な言葉です。
そのままでは業務の形に落ちません。
戦略が何を捨て、どこに集中しようとしているのか。
その“意図”を掴むことが最初の作業です。

② 意図を業務と情報の構造へ翻訳する(モデリング)
翻訳者の役割が最も重要になる段階です。
戦略を業務へ落とし込む際、必要なのは「手順」ではなく 構造 です。
•どの業務が中心となるのか
•どの判断基準が統一されるべきか
•どのデータが企業価値の源泉となるのか
•どの部門間で情報が連動すべきか
こうした“意味の体系”をモデルとして表現します。
モデリングは、戦略を実務へ翻訳する唯一の技術です。

③ 構造を具体的なシステム要件へ落とし込む(実装設計)
モデルができあがれば、必要なシステム要件は自然と見えてきます。
•この判断をするには、このデータが必要
•このデータを扱うには、この画面が必要
•この業務を統一するには、この機能が必要
というように、業務とデータの構造が要件を導いてくれるためです。
ここではじめて、現場ヒアリングが意味を持ちます。現場は「実務としてどう運用すれば無理がないか」を教えてくれます。ただし、それはあくまで 構造が決まった後 の工程です。

■ なぜ日本企業では正しい要件定義が実施されないのか

理由はいくつかあります。
① 「要件=要望」と理解されている
“ヒアリングで集めた事項を要件にまとめる”という考え方が一般化しています。

② モデリングが普及していない
業務を構造として捉える技術が組織に存在せず、翻訳プロセスが欠落しています。

③ 翻訳者が育っていない
戦略を業務に変換する専門職が存在しないため、戦略と現場が平行線のままです。

④ IT部門が「受注窓口」として扱われてしまう
本来は構造設計に関与すべきIT部門が、
業務部門の“要望取りまとめ役”に留まっています。
こうした背景が、要件定義を「戦略とは無関係な調整業務」にしてしまっています。

■ 要件定義が変わると、企業の未来が変わる

正しい要件定義は、単なるシステム導入プロジェクトを超えた価値を生みます。
•戦略が業務に正しく反映される
•データ構造が全社で整合する
•システムが戦略投資として機能する
•現場が無理なく新しい働き方に移行できる
•IT投資が“積み上がる資産”になる
これは単なるITの話ではなく、企業の競争力の話です。
要件定義を「現場調整」から「戦略の実装設計」へと位置づけ直すことは、企業の未来そのものを設計し直すことに等しいと言えます。

■ まとめ:正しい要件定義とは、戦略の実装である

ここまでのまとめとして、本質を一言で表現するならば、要件定義とは、戦略を実装するための“未来の業務構造の設計”である。
戦略は言葉だけでは現場に届きません。現場の声だけでは戦略を形にできません。
この両者を接続するために、モデリングと翻訳者が必要になるのです。
全5回を通じて扱ってきた内容が、企業の要件定義の見直しに少しでも寄与できれば幸いです。


[無料体験]アドバイザリーサービス
今あなたに必要なのは、信頼できる相談相手ではないですか?

合同会社タッチコア 小西一有

File54-1 間違いだらけの要件定義ー「情報システムは誰のためのものか?」という基本からやり直す
File54-2
戦略とは戦略を読んでも現場は動けないー欠落している“戦略翻訳者”という専門職

File54-3「やらないこと」を決める行為であるーなぜ現場の意見と戦略は噛み合わないのか

File54-4 モデリングこそ、戦略を業務に翻訳する技術であり要件定義の中核である