
「説明責任」という言葉は、近年きわめて広く使われるようになりました。
しかし、その意味が正確に理解されているかというと、必ずしもそうではありません。
特に企業経営の現場では、説明責任という言葉が、問題発生後の事情説明や、外部に対する釈明責任といった意味で使われることが少なくありません。
もちろん、そのような意味合いが全く間違っているわけではありません。
企業は社会的存在であり、問題が起きたときには社外に対して一定の説明を尽くさなければなりません。
しかし、ガバナンスの本質を考えるうえで、それだけを説明責任の中心に置いてしまうと、議論は大きくずれてしまいます。
なぜなら、企業活動におけるガバナンスの本質は、問題が起きた後にどう釈明するかではなく、問題が起きにくいように、あらかじめ意思決定の構造を整えておくことにあるからです。そして、その構造を支える重要な要素が、説明責任です。
本連載でいう説明責任とは、事後的な弁明のことではありません。
説明責任とは、意思決定者に対して、何を実行したいのか、その理由は何か、実行した場合にどのような効果や影響が生じるのかを明示し、判断に必要な情報を整えたうえで、正式に実行要求を上げる責任を指します。
つまり、説明責任とは、意思決定の後ろにあるものではなく、意思決定の前提にあるものです。
意思決定者は、突然、空中から適切な判断を生み出すことはできません。
何らかの要求が定義され、その要求に関する背景や根拠や条件が整理され、判断可能な形で提示されて初めて、意思決定は成立します。したがって、説明責任とは、意思決定を可能にするための責任であると言ってよいのです。
この点を理解しないまま組織運営を行っている会社では、多くの場合、「決める人」ばかりが意識され、「要求を明示する人」の役割が軽視されます。
すると、現場では、「こうしたい」「これが必要だ」という声だけが断片的に上がり、必要な情報整理がなされないまま、経営者や会議体に判断が委ねられることになります。
その結果、判断は感覚的になりやすく、あとから「なぜそう決めたのか」「何を前提にしていたのか」「どの条件で承認したのか」が曖昧になります。
これは、意思決定者の能力の問題ではなく、説明責任の設計がなされていないことによる問題です。
例えば、社内のパソコンに新たなアプリケーションを搭載したいという要望が出たとします。
現場から見れば、そのアプリは便利であり、業務効率を高める手段に見えるかもしれません。
しかし、企業全体としてみれば、その導入判断は単純ではありません。
セキュリティ上の影響はどうか。既存のシステムとの整合は取れるのか。運用負荷は増えないか。
ライセンス費用は妥当か。対象となる利用者範囲はどこまでか。将来的な保守や更新はどのように考えるのか。
これらを整理せずに、「便利だから入れたい」という要望だけを経営やCIOに持ち込んでも、適切な意思決定はできません。
このとき重要なのは、誰が最終的に決めるかだけではありません。
重要なのは、その意思決定者に対して、誰が要求を整理し、正式に実行要求を上げる責任を持つのかです。
例えば、システム企画部が必要な技術的・運用的情報を収集し、その情報提供を踏まえてOA委員会が要求を整理し、CIOあるいは情報システム戦略会議に対して正式に実行要求を上げる。
このような構造が明確になっていれば、説明責任と意思決定責任の違いがはっきりします。
この場合、CIOや情報システム戦略会議は意思決定責任を負います。
一方で、OA委員会は、判断に必要な要求内容を明示し、実行要求として整えて上申する説明責任を負うことになります。
この関係を曖昧にしたまま組織を運営すると、さまざまな混乱が起きます。
現場が直接トップに話を持ち込み、周辺条件が整理されないまま判断が下る。
情報システム部門が助言役なのか決定役なのかが曖昧で、責任の境界がぼやける。
会議で話題に出ただけのことが、いつのまにか承認事項として扱われる。
あるいは逆に、実質的には必要な論点整理が終わっているのに、誰が正式要求を上げるのかが決まっておらず、案件が宙に浮く。
こうしたことは、決して珍しいことではありません。
多くの中小・中堅企業では、説明責任というと「何かあったときに誰が説明するか」という観点で理解されがちです。
しかし、本当に組織を安定させる説明責任とは、そうした事後処理の場面ではなく、むしろ意思決定に先立って、要求を構造化する場面にあります。
何を求めるのか。なぜ必要なのか。どの条件で実行したいのか。どのような効果と影響があるのか。どのようなリスクが想定されるのか。どの範囲に適用するのか。これらを曖昧なままにして意思決定だけを求めることは、意思決定者に対して責任を丸投げしているのと同じです。
ここにおいて重要なのは、説明責任とは「資料を作ること」そのものではない、という点です。
もちろん、文書や提案書や申請書は必要です。
しかし、形式的な書類が存在するだけで説明責任が果たされるわけではありません。
必要なのは、要求が判断可能な形に定義されていることです。
逆に言えば、どれほど立派な書式であっても、要求の背景や論点や条件が曖昧であれば、それは説明責任を果たしたことにはなりません。
また、説明責任の所在が曖昧な会社では、要求そのものの質が安定しません。
ある案件は丁寧に整理されて上がってくる一方で、別の案件は口頭の雑談レベルで持ち込まれる。
ある会議では十分な検討資料が出るのに、別の会議では思いつきがそのまま議題になる。
この状態では、意思決定の質も安定しません。
つまり、説明責任の設計は、意思決定の質を均質化するためにも不可欠なのです。
中小・中堅企業では、組織規模が限られているため、「そこまで分けなくてもよい」と考えられることもあります。
しかし、規模が小さいからこそ、役割の曖昧さがそのまま混乱につながります。
誰か一人が複数の帽子をかぶること自体は問題ではありません。
問題なのは、その人が今どの役割で関与しているのかが不明なことです。
要求を整理する立場なのか、助言する立場なのか、決定する立場なのか。
この区別が見えない組織では、議論と決定が混線し、結果として責任の所在も不明確になります。
したがって、中小・中堅企業が実効性あるガバナンスを築こうとするならば、意思決定権限の整理と並んで、誰が要求を定義し、誰がそれを正式な実行要求として上げるのかを明確にしなければなりません。
どの部門が情報を集めるのか。どの会議体が要求を整理するのか。どの役職が正式な要求主体になるのか。
要求時に最低限何を明示しなければならないのか。
これらが定まって初めて、説明責任は組織の中で機能し始めます。
説明責任とは、後ろ向きの責任ではありません。
それは、意思決定を支える前向きの責任です。
意思決定者が適切に判断できるように、要求を明確にし、論点を整理し、条件を示し、正式に判断を求める。
その責任が果たされて初めて、企業の中の意思決定は再現性を持ち、組織としての学習も可能になります。
中小・中堅企業のガバナンスは、立派な規程集や複雑な委員会制度から始める必要はありません。
まず必要なのは、要求を曖昧なまま持ち込まないことです。そして、誰がその要求を明示し、誰が決めるのかを分けて考えることです。
そこにこそ、実効性あるガバナンスの骨格があります。
次回は、こうした本来の構造を整えないまま、規程やマニュアルだけが先行した結果として生まれる「形骸化したガバナンス」について考えます。
なぜ多くの中堅企業では、上場準備や制度整備が、実効性ではなく形式だけのガバナンスに陥ってしまうのか。
その構造を掘り下げたいと思います。
合同会社タッチコア 小西一有
第1回 ガバナンスとは何か―中小・中堅企業ほど必要なのに、最も誤解されている経営の基礎
第2回 中小・中堅企業が最初に手を付けるべきガバナンス―まずは「誰が決めるのか」を明らかにする