TouchCore Blog | ガバナンス:第4回 なぜ中小・中堅企業のガバナンスは形骸化するのか―規程やマニュアルだけが増えても、会社は整わない
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ガバナンス:第4回 なぜ中小・中堅企業のガバナンスは形骸化するのか―規程やマニュアルだけが増えても、会社は整わない

「うちもガバナンスを整えなければならない」
そう考えた中小・中堅企業が、最初に取り組むものは何でしょうか。

多くの場合、それは規程の整備であり、稟議書の様式の見直しであり、会議体の新設であり、各種マニュアルの作成です。

特に、上場を視野に入れ始めた中堅企業や、金融機関・監査法人・公認会計士事務所などから管理体制の強化を求められた企業では、その傾向が顕著です。

もちろん、規程やマニュアルが不要だと言うつもりはありません。

企業活動には一定のルールが必要ですし、組織の継続性を保つためには、文書化された取り決めも不可欠です。

しかし問題は、それらが何のために存在するのかを十分に考えないまま、「整っているように見せるための文書」として増殖していくことです。

この状態に陥ると、会社の中ではしばしば奇妙なことが起きます。
規程集は立派に整備されている。会議体も一応存在する。申請様式も稟議書も揃っている。

ところが、現場で起きる混乱は一向に減らない。

意思決定は相変わらず属人的で、誰が何を決めたのか分かりにくい。

要求を上げる際の論点整理も不十分なまま、形式だけが整えられている。

会議は増えたのに、判断は明確にならない。こうした状態を、私は「形骸化したガバナンス」と呼ぶべきだと思います。

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。
理由は明快です。
それは、ガバナンスの本体が、規程そのものではないからです。


ガバナンスの本質は、説明責任の所在と意思決定の所在を明らかにすることにあります。

誰が要求を明示し、誰がその要求を判断し、どのような流れで実行に移るのか。

この構造が整って初めて、会社は安定的に動きます。
ところが、多くの企業では、この本体部分を十分に設計しないまま、外形的な制度整備だけを急ぎます。

すると、規程やマニュアルはあっても、それが実際の意思決定構造や業務の流れと結び付かないまま放置されることになります。

典型的なのは、上場準備を進める過程で起きる現象です。

上場準備企業では、外部の専門家から「この規程が必要です」「このルールを作らなければなりません」と助言を受けることが少なくありません。

そこで企業は、就業規則、職務権限規程、稟議規程、情報管理規程、内部通報規程、業務分掌規程、会議体規程など、数多くの文書を短期間で整備します。すると、一見するとガバナンスが急速に進んだように見えます。

しかし、その文書群が、本当にその会社の経営実態や意思決定実態に即しているかというと、そうではないことが少なくありません。

経営陣自身が内容を十分に理解していない。

現場は読んでもいない。

会議体の規程はあるが、その会議が審議機関なのか承認機関なのか実態として曖昧である。

権限規程には部門長決裁と書いてあるのに、現実にはすべて社長に伺いを立てている。

稟議ルールは厳格に見えるのに、重要案件は口頭で先に決まっている。

このような状態では、規程は存在していても、ガバナンスは機能していません。

むしろ厄介なのは、規程が存在することで「整ったつもり」になってしまうことです。

実態は曖昧なままなのに、文書があるために外形上の安心感が生まれる。

問題が起きても、「規程はあります」「手順書はあります」と言えるため、本質的な見直しが後回しになる。

結果として、現場では“建前のルール”と“実際の運用”が二重化し、組織の中に深い疲労を蓄積させます。

現場の人間にとって、最もつらいのはこの二重構造です。
表向きには規程通りに動くことが求められる。

けれども実際には、重要なことは非公式な相談や空気や力関係で決まっていく。

申請書は書かされるが、結論はその前に決まっている。会議資料は作るが、判断基準は見えない。

こうなると、文書作成や会議準備は、意思決定を支えるための活動ではなく、「形式を満たすための仕事」へと変質します。
これこそが形骸化です。

形骸化したガバナンスが危険なのは、それが単に非効率なだけではないからです。
本来、ガバナンスとは、組織の判断の質を安定させ、責任の所在を明らかにし、再発防止や学習を可能にするための仕組みです。

しかし、形骸化したガバナンスのもとでは、形式と実態が乖離しているため、問題が起きても本当の原因が見えません。
規程違反だったのか。規程自体が現実に合っていなかったのか。要求を上げる際の説明責任が不十分だったのか。意思決定権限の設計が曖昧だったのか。あるいは、承認プロセスそのものに無理があったのか。
こうした分析ができなくなり、結果として「守らなかった現場が悪い」「もっと教育しよう」といった表面的な対処に終始しがちです。

中小・中堅企業でガバナンスが形骸化しやすいのには、もう一つ理由があります。

それは、多くの会社が、ガバナンスを「統制の話」としてしか理解していないことです。
統制は確かに重要です。

しかし、統制はガバナンスの一部にすぎません。

ガバナンスの中心は、本来、どのように要求を上げ、どのように意思決定し、どのように責任を明確にするかという経営の設計にあります。

ところが、ここを飛ばして統制だけを強めようとすると、組織には「ダメと言うルール」だけが増え、「どう決めるか」という本質が置き去りになります。

その結果、現場には息苦しさだけが残り、経営は相変わらず属人的なままです。

では、どうすれば形骸化を防げるのでしょうか。
答えは、規程を作らないことではありません。
必要なのは、規程を作る前に、あるいは少なくとも規程と並行して、実際の意思決定構造と説明責任構造を言語化することです。

まず確認すべきは、「この会社では、どのような種類の要求が、どこから、どのような情報整理を経て、誰に上がるのか」です。

次に、「その要求に対して、誰が審議し、誰が最終判断し、どの会議体がどの役割を果たすのか」を整理します。

そして初めて、それを支える文書として規程や様式が必要になります。
順番を逆にしてはいけません。
構造が先で、文書は後です。
実態が先で、形式は後です。

中小・中堅企業においては、最初から完璧な制度を作る必要はありません。

むしろ、過剰に立派な規程群は、実態から遊離しやすく危険です。

重要なのは、自社の規模と事業実態に合った最小限の構造を整えることです。
例えば、投資判断、人事制度変更、業務ルール変更、IT導入、重要契約といった主要テーマについて、

・誰が要求主体になるのか

・どこで論点整理するのか

・誰が承認するのか

・何を文書で残すのか
この程度から始めても十分です。

要するに、ガバナンスが形骸化するのは、会社がルールを作りすぎたからではありません。
意思決定と説明責任の設計をしないまま、ルールだけを作ってしまうからです。
ルールは、構造を支えるためのものです。構造そのものではありません。

ここを取り違えると、企業の中には「整っているように見えるが、何も整っていない」という最も厄介な状態が生まれます。

中小・中堅企業にとって本当に必要なのは、見栄えのよいガバナンスではありません。
必要なのは、会社の中で現実に機能するガバナンスです。

要求がきちんと定義され、適切な場に上がり、適切な人が判断し、その根拠が残り、再利用できる。

そうした流れが回り始めたとき、規程やマニュアルも初めて意味を持ちます。

次回の最終回では、中小・中堅企業が実際にガバナンスを整え始めるとき、最初に押さえるべき最小構成について整理します。

立派な制度の前に、まず何を決め、何を見える化し、何から着手すればよいのか。実践的な出発点をまとめたいと思います。

合同会社タッチコア 小西一有

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