
中小・中堅企業の現場で、よく見かける誤解があります。
それは、「部長決裁なら、事前回覧に部長以上の役職を入れてはならない」という考え方です。
この誤解は、かなり根深いものです。
「上に見せたら、その人が決めたことになるのではないか」
「上位役職者を事前回覧に入れるのは、決裁権限を侵すのではないか」
そんな空気がある会社は少なくありません。
しかし、この考え方は、決裁の構造を正しく理解していないところから生まれています。
はっきり言えば、決裁と事前回覧は別物です。
決裁とは、最終的に責任をもって意思決定することです。
誰が承認し、誰がその結果に責任を負うのか。そこが決裁の本質です。
一方、事前回覧とは何でしょうか。
それは、判断に必要な情報を共有し、論点を確認し、影響を把握し、必要な調整を行うためのプロセスです。
つまり、よりよい決裁を成立させるための準備行為です。
ここを混同すると、現場ではさまざまな混乱が起きます。
たとえば、部長決裁の案件なのに、「部長より上に見せてはいけない」と考えてしまう。
すると、後で影響が及ぶ役員や他部門の責任者が事前に状況を知らず、決裁後になって「聞いていない」「その前提は認められない」と言い出すことになります。
その結果、せっかく決まったはずの案件が止まり、現場は混乱し、決裁そのものへの信頼も揺らぎます。
逆に、必要な人に事前に見てもらい、論点を共有し、影響を確認しておけば、決裁者は安心して判断できます。
決裁後のひっくり返しも減ります。
つまり問題は、上位役職者を事前回覧に入れること自体ではないのです。
本当に問題なのは、誰が決めるのかが曖昧になることです。
上位役職者が事前回覧で意見を言うことは問題ではありません。
関係部門長が懸念を示すことも問題ではありません。
むしろ、それは適切な意思決定のために必要なことです。
問題なのは、事前回覧の段階で実質的に結論が決まり、本来の決裁者が自分で判断しなくなることです。
あるいは、形式上は部長決裁なのに、実際には誰か別の上位者の顔色だけで結論が決まってしまうことです。
これでは、決裁権限も責任の所在も曖昧になります。
ですから、整理すべき論点は一つです。
「上位役職者を事前回覧に入れてよいかどうか」ではなく、「最終責任の所在が崩れていないかどうか」です。
この区別は、中小・中堅企業ほど重要です。
なぜなら、大企業のように制度や分掌が細かく整備されていない分、日々の運用の中で暗黙の了解に頼りやすいからです。
誰に見せるか、誰が意見を言うか、誰が最終的に決めるかが整理されていないまま動いていると、組織は次第に属人的になっていきます。
そして、その属人的な運営のしわ寄せは、最後には社長に集中します。
「あれもこれも社長が見ないと決まらない」
「部長決裁のはずなのに、結局は上に相談しないと動けない」
「関係者に先に見せると権限侵害だと言われる」
こうした状態は、決裁権限があるようで実は機能していない組織の典型です。
ここで重要な役割を果たすのが、決裁事務局です。
決裁事務局は、単に書類を流すだけではありません。
この案件には誰の事前回覧が必要か、どの論点が未整理か、どの関係者への影響確認が不足しているかを見極める必要があります。
つまり、事前回覧と決裁の違いを正しく理解したうえで、案件を「決められる状態」に整える役割を担うのです。
事前回覧に上位役職者を入れることは、決裁権限の侵害ではありません。
必要な情報共有と影響確認をするための、実務上きわめて自然な行為です。
むしろ、それを避けることで後から問題が噴き出すほうが、組織にとってはるかに危険です。
私は、決裁の仕組みを考えるときに、「見ること」と「決めること」を分けて考えることが極めて大切だと思っています。
見ることは、情報を共有し、論点を確認し、問題を未然に防ぐための行為です。
決めることは、責任をもって結論を出す行為です。
この二つを混同するから、
「上に見せたら権限侵害だ」
「事前回覧で意見を言うのは越権だ」
といった誤解が生まれます。
しかし、本来は逆です。
必要な人にきちんと見てもらい、必要な論点を整えたうえで、最終的には決裁者が責任をもって判断する。
これが、健全な決裁プロセスです。
中小・中堅企業にとって必要なのは、権限を形式的に守ることではありません。
責任ある意思決定が成立する構造をつくることです。
そのためには、決裁と事前回覧の違いを正しく理解しなければなりません。
決裁者は誰か。
事前に誰が見るべきか。
何のために見るのか。
そして最終責任は誰が負うのか。
この整理ができたとき、初めて決裁は組織の中で機能し始めます。
決裁者・事前回覧者・事務局の役割が曖昧なままだと、案件は止まり、責任の所在も不明確になります。
貴社の決裁ルールや事前回覧の設計に課題を感じておられるなら、構造の整理からご支援できます。
ご関心があればご相談ください。
合同会社タッチコア 小西一有
第1回 なぜ中小・中堅企業に「決裁事務局」が必要なのか