TouchCore Blog | 意思決定:第4回 決裁事務局は“社長の右腕候補”を育てる―全社を知る者が、次の経営を担う
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意思決定:第4回 決裁事務局は“社長の右腕候補”を育てる―全社を知る者が、次の経営を担う

中小・中堅企業の経営者と話をしていると、よく出てくる悩みがあります。
それは、「任せられる人がいない」という言葉です

もちろん、各部門には優秀な人がいます。
営業に強い人、現場をよく知る人、数字に明るい人、顧客対応に長けた人もいるでしょう。けれども社長が本当に欲しいのは、単に自部門のことができる人ではありません。会社全体を見て、何が重要で、どこに問題があり、どこを調整し、どの順序で手を打つべきかを考えられる人です。

つまり、全社最適で物事を見られる人です。
そして、多くの中小・中堅企業でこの人材が育ちにくい理由は、能力の問題というより、そうした視点を鍛える場が組織の中に存在しないからです。

私は、その有力な場の一つが『決裁事務局』だと考えています。

一般に「事務局」と聞くと、事務処理をする部署のように思われがちです。

しかし、ここまで述べてきた通り、決裁事務局の本質は単なる受付や配送ではありません。

案件の論点を整理し、事前回覧先を見極め、説明不足であれば差し戻し、関係部門との調整の要否を判断し、決裁者が責任をもって判断できる状態に整える。

言い換えれば、組織の意思決定の交通整理をする機能です。

この役割を担う人は、必然的に社内のありとあらゆることに触れることになります

どの部門がどのような課題を抱えているのか。
何が案件を止めやすいのか。
どの部門同士で利害がぶつかりやすいのか。
誰がどの論点を重視しているのか。
社長や経営陣は何を優先し、何を嫌うのか。
表面的な書類だけではなく、その背後にある組織の構造や力学まで見えてくるようになります。

これは、非常に重要な経験です。

部門の中にいるだけでは、その部門の論理が強くなります。

営業なら売上の論理、製造なら生産性の論理、経理なら統制の論理が中心になります。

それ自体は悪いことではありません。

むしろ必要なことです。けれども、経営を支える立場に立つには、それだけでは足りません。

複数の論理がぶつかる中で、どこに折り合いをつけ、何を優先し、どこで線を引くかを考えなければならないからです

決裁事務局は、まさにその訓練の場になります。

案件を見るたびに、「この起案は営業には都合がよいが、運用面の負担が見えていない」「現場の事情は分かるが、全社としては前例化のリスクがある」「この案件は収益上は魅力的でも、統制上の整理が不足している」といったことを考えざるを得ません。

つまり、個別最適ではなく、全社のバランスで物事を見る視点が鍛えられるのです。

さらに、決裁事務局には調整力が求められます。
案件の論点が未整理なら起案者に説明を求める。

必要な関係者が抜けていれば回覧先を見直す。他部門への影響が大きければ調整を促す。

これらは単に厳しくチェックする仕事ではありません。

相手の事情を理解しつつ、案件を前に進めるために何が必要かを考え、伝え、動かす仕事です。

この経験は、将来の幹部候補にとって極めて大きな意味を持ちます。
なぜなら、経営を支える人材に必要なのは、自分で手を動かす力だけではなく、他者を通じて組織を動かす力だからです

中小・中堅企業では、しばしば「右腕がいない」と言われます。
しかし本当は、右腕候補がいないのではなく、右腕候補が育つ場が設計されていないのではないでしょうか。

優秀な人はいても、会社全体を俯瞰し、社長の判断基準を理解し、部門間調整を経験し、意思決定の構造を学ぶ機会がなければ、右腕には育ちません。

特にオーナー社長のもとでは、この問題は深刻です。
社長が強い会社ほど、重要な判断は社長の頭の中で行われます。

何を重視し、何を危険と見なし、何を優先するのか。その判断基準が社長の経験と感覚に深く結びついているため、周囲から見えにくいのです。

その結果、幹部候補は「社長の考えが分からない」と感じ、社長は「任せられる人がいない」と感じます

この断絶を埋める場としても、決裁事務局は有効です。
社長の近くで、さまざまな案件を通じて判断基準に触れる。なぜこの案件は通り、なぜ別の案件は止まるのか。その背景を見ながら、社長の意思決定の型を学んでいく。これは、座学では身につかない実践知です。

しかも、決裁事務局は単に社長の考えを学ぶだけの場ではありません。
全社の情報が集まるからこそ、社長自身も気づいていない問題構造を見つけられることがあります。

どの部門で同じような差し戻しが繰り返されているのか。

どこで案件が詰まりやすいのか。何が現場に誤解されているのか。

これらを把握し、経営にフィードバックできる人材は、まさに右腕に近い存在です。

つまり、決裁事務局とは、単なる「決裁のための事務」ではありません。
全社の問題状況を最もよく知り、経営の意思決定を支え、次世代の幹部候補を育てる場なのです。

だから私は、中小・中堅企業ほど、この機能を意識的に持つべきだと思っています。
誰か一人をいきなり右腕にしようとしても、そう簡単には育ちません。

けれども、決裁事務局という場を通じて、論点整理、全社視点、調整力、経営判断の理解を積み重ねていけば、少しずつ「会社全体を見られる人」が育っていきます。

それは、社長の負担を軽くするだけではありません。
会社の将来を支える人材基盤をつくることでもあります。

決裁事務局をどう設計するかは、単なる手続きの問題ではありません。
それは、次の経営を誰が支えるのかという問題でもあるのです。

次世代の幹部候補が育たない背景には、全社視点を身につける場が用意されていないことがあります。

決裁事務局を人材育成の場として機能させたいとお考えでしたら、その設計と運用を含めてご相談いただけます。


合同会社タッチコア 小西一有

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