
ここまで私は、決裁事務局とは何か、決裁と事前回覧の違い、否決と差し戻しの違い、そして決裁事務局が次世代の右腕候補を育てる場にもなり得ることを述べてきました。
すると、多くの中小・中堅企業の経営者は、こう思われるかもしれません。
「言いたいことは分かる。しかし、うちのような規模の会社で、そんな事務局まで作れるのだろうか」と。
この疑問は、もっともです。
そして私は、その問いに対して、はっきりこう答えたいと思います。
最初から立派な組織をつくる必要はありません。
むしろ、中小・中堅企業だからこそ、小さく始めるべきです。
決裁事務局というと、どこか大企業の本社管理機能のように聞こえるかもしれません。
しかし、その本質は人員数や組織規模にはありません。
大事なのは、経営の意思を組織に通すための役割が定義されているかどうかです。
中小・中堅企業で本当に問題なのは、「事務局という名前の部署がないこと」ではありません。
問題なのは、誰が論点を整理するのか、誰が必要な事前回覧先を見極めるのか、誰が説明不足の案件を差し戻すのか、そして誰が決裁後の内容を確実に組織へ伝えるのかが曖昧なことです。
この曖昧さがある限り、案件は属人的に処理されます。
ある案件では社長が全部を見て整理する。
別の案件では部長が個人的に調整する。さらに別の案件では、誰も調整せずに話が上がって、後から揉める。
こうした状態では、案件の質も、意思決定の質も安定しません。
だから必要なのは、大きな組織をつくることではなく、まず基本機能を明確にすることです。
たとえば、最初の一歩として必要なのは、次のようなことです。
・この案件は誰が受け取るのか。
・誰が論点整理を確認するのか。
・誰に事前回覧するのか。
・説明不足であれば、どこに差し戻すのか。
・決裁後に、誰が関係者へ伝えるのか。
たったこれだけでも、決裁の質はかなり変わります。
なぜなら、これによって「誰も交通整理をしない」という状態から抜け出せるからです。
中小・中堅企業であれば、最初は専任部署でなくても構いません。
経営企画、総務、管理部門の責任者、あるいは社長の近くで全社を見られる人が、その役割を担ってもよいのです。
重要なのは、書類を受け取る人を置くことではなく、案件を“決められる状態”に整える責任を持つ人を定めることです。
このとき、最初から全案件を対象にする必要もありません。
むしろ、重要案件から始める方が現実的です。
たとえば、部門横断の案件、新規投資、重要な制度変更、人事や組織に影響の大きい案件など、後で揉めやすいものに絞って決裁事務局機能を適用する。
それだけでも十分に効果が見えてきます。
ここで大切なのは、決裁事務局を「管理を厳しくする仕組み」だと捉えないことです。
現場から見ると、差し戻しや論点整理の要求は面倒に感じられるかもしれません。
しかし、その目的は締め付けではありません。
未整理のまま上げて、後で止まり、手戻りが起き、社長判断が混乱することを防ぐためです。
つまり、決裁事務局は、案件を遅らせるためではなく、本当に前に進めるための仕組みなのです。
また、この仕組みを入れると、社長の役割も変わってきます。
これまで社長が自分でやっていた論点整理や関係者調整の不足確認が、少しずつ手前で行われるようになります。
すると社長は、未整理の案件を読む時間を減らし、本来の経営判断に集中しやすくなります。
これは単なる負担軽減ではなく、社長の仕事をより経営的なものに戻すという意味でも重要です。
さらに、この小さな決裁事務局機能は、人材育成にもつながります。
前回述べた通り、この役割を担う人は全社視点、論点整理力、調整力を実務の中で身につけていきます。
これは、将来の幹部候補を育てるための実践の場でもあります。
中小・中堅企業では、日常業務に追われる中で、全社視点を持つ人材を育てる場が不足しがちです。
その意味でも、決裁事務局は単なる運用改善にとどまりません。
私は、中小・中堅企業こそ、決裁の仕組みを意識的に設計するべきだと思っています。
企業規模が小さいうちは、社長の目が届く範囲で何とか回るかもしれません。しかし、部門が増え、人が増え、案件が複雑になると、暗黙の了解だけでは回らなくなります。そのとき必要なのは、「もっと頑張れ」でも「もっと細かく管理しろ」でもありません。必要なのは、経営の意思がどう流れるかを設計することです。
決裁事務局とは、そのための仕組みです。
それは、大企業の模倣ではありません。
中小・中堅企業が、自社に合った形で意思決定の質を高め、社長への集中を和らげ、部門間調整を前に進め、次世代人材を育てるための現実的な方法です。
だからこそ、最初から完璧を目指す必要はありません。
⇒まずは小さく始める。
⇒役割を決める。
⇒重要案件から試す。
⇒差し戻しの意味を揃える。
⇒事前回覧と決裁の違いを明確にする。
この積み重ねが、やがて会社の意思決定の質を変えていきます。
中小・中堅企業こそ、まず小さな決裁事務局を創る。
私は、それが経営の意思を組織に通すための、最も現実的な第一歩だと考えています。
決裁事務局は、書類を増やすための仕組みではなく、経営の意思を組織に通し、全社調整を前に進め、幹部候補を育てるための仕組みです。
中小・中堅企業に合った現実的な立ち上げ方を検討したい場合は、ぜひご相談ください。
合同会社タッチコア 小西一有
第1回 なぜ中小・中堅企業に「決裁事務局」が必要なのか―経営の意思を組織に通し、次世代の右腕を育てる仕組み
第2回 決裁と事前回覧は違う―「上に見せてはいけない」という誤解を解く
第3回 否決できる人と、差し戻せる人は違う―事前回覧者と決裁事務局の本当の役割
第4回 決裁事務局は“社長の右腕候補”を育てる―全社を知る者が、次の経営を担う