
決裁の仕組みが曖昧な会社では、よく似た二つの行為が混同されます。
それは、「否決」と「差し戻し」です。
この二つは似ているように見えますが、意味も権限もまったく違います。
ここを曖昧にしたまま運用していると、決裁権限は形だけのものになり、組織の中で責任の所在が見えなくなります。
まず、はっきりさせておきたいことがあります。
否決できるのは、決裁者だけです。
否決とは、案件を承認しないと結論づけることです。
つまり、最終的な意思決定として「この案では進めない」と判断することです。
それは決裁権限を持つ者だけができる行為であり、その判断には当然、責任が伴います。
一方で、事前回覧者は決裁権限を持っていません。
したがって、案件を否決することはできません。
ここを曖昧にしてしまうと、事前回覧の段階で実質的に結論が決まり、本来の決裁者がただ追認するだけの存在になってしまいます。
それでは、誰が決めたのかも、誰が責任を負うのかも見えなくなります。
しかし、だからといって、事前回覧者には何の役割もないわけではありません。
むしろ、重要な役割があります。
事前回覧者は、案件の内容を確認し、不明点があれば起案者に説明を求めることができます。
前提条件が曖昧であれば、その確認を促すことができます。
関係部門への影響が見えていなければ、その点の整理を求めることもできます。
そして、その説明や整理が不十分であれば、このまま先へ進めるべきではないとして、案件を決裁事務局へ差し戻すことができます。
ここで大切なのは、これは否決ではないということです。
あくまで、「現時点では決裁に耐える品質に達していない」という判断です。
つまり差し戻しとは、結論を否定することではなく、決裁可能な状態まで整っていない案件を、整え直すために戻すことなのです。
この区別ができていない会社では、よく奇妙な現象が起こります。
事前回覧者が「これはダメだ」と言って案件を止める。起案者から見れば、それは否決されたのと同じに見える。しかし、形式上は決裁されていないので、誰がその結論に責任を持つのかが曖昧なままになる。あるいは逆に、誰も差し戻しを遠慮してしまい、説明不足の案件がそのまま上に上がって、決裁者のところで混乱が生じる。
どちらも健全ではありません。
事前回覧者に求められているのは、賛成か反対かを決めることではありません。
そうではなく、論点が足りているか、調整が済んでいるか、決裁者が責任をもって判断できる状態になっているかを確認することです。
この役割は、実はとても重要です。
なぜなら、決裁者は本来、最終判断をする人であって、未整理の案件を一から整理し直す人ではないからです。
もし毎回、決裁者が背景を聞き、論点を洗い出し、調整不足を見抜き、関係部門とのやり直しまで指示しなければならないとしたら、その組織の意思決定は極めて非効率になります。
だからこそ、事前回覧の段階で説明を求めることが必要なのです。
そして、必要な整理がなされていないなら、決裁事務局へ差し戻すことが必要なのです。
ここで、決裁事務局の役割が見えてきます。
決裁事務局は、単なる配送係でも受付窓口でもありません。差し戻された案件について、どこに問題があるのかを見極め、何を補えばよいのかを整理し、誰に再確認を求めるべきかを判断し、案件を再び“決められる状態”に整える役割を担います。
つまり、事前回覧者が品質確認を行い、決裁事務局が再整理を担い、そのうえで決裁者が最終判断を行う。
この流れができて初めて、決裁プロセスは機能します。
中小・中堅企業では、この役割分担が曖昧なままになっていることが少なくありません。
そのため、案件が止まるたびに属人的な対応になります。
ある人が強ければその人の一言で止まり、別の案件では誰も止めずに上まで行ってしまう。これでは、案件の質も判断の質も安定しません。
必要なのは、個人の力に頼ることではなく、どの役割の人が何をできるのかを明確にすることです。
決裁者は、承認か否決かを決める。
事前回覧者は、説明を求め、不備があれば差し戻す。
決裁事務局は、その差し戻しを受けて再整理し、案件を決裁可能な状態に整える。
このように整理すると、各役割の責任がはっきりします。
そして何より、決裁者が決裁者として機能しやすくなります。
私は、ここが中小・中堅企業にとって非常に大事だと思っています。
なぜなら、多くの会社では「止める」ことと「決める」ことが混ざってしまっているからです。
だれかが止めたら、それが実質的な結論になってしまう。
けれど、本来はそうではありません。
止めることには、整理し直すという意味があり、決めることには、責任をもって結論を出すという意味があります。
この違いを明確にするだけでも、組織の意思決定はかなり変わります。
事前回覧者は否決者ではありません。
しかし、説明不足の案件をそのまま通してはならない責任があります。
だからこそ、必要なら差し戻す。
それは権限の侵害ではなく、決裁の品質を守るための行為なのです。
そして、その差し戻しを受け止め、再整理し、前に進める役割として、決裁事務局が必要になります。
中小・中堅企業で決裁がうまく機能しない原因は、権限規程がないことだけではありません。
こうした運用上の役割分担が整理されていないことにあるのです。
「差し戻し」と「否決」が混同されている組織では、決裁権限も責任分担も曖昧になります。
決裁の品質を高める運用設計や、決裁事務局の役割整理に取り組みたい企業様は、ご相談ください。
合同会社タッチコア 小西一有
[関連Blog]
第1回 なぜ中小・中堅企業に「決裁事務局」が必要なのか―経営の意思を組織に通し、次世代の右腕を育てる仕組み
第2回 決裁と事前回覧は違う―「上に見せてはいけない」という誤解を解く