
ここまで5回にわたり、AI案件が社内で乱立する会社の問題について考えてきました。
第1回では、AI案件がたくさん出ることと、会社がDXを理解していることは同じではないと申し上げました。
第2回では、何を変えるのかを決めないまま環境構築やベンダー契約だけが先に進むと、AI導入は部分最適に終わることを書きました。
第3回では、経営の期待と現場の提案をつなぐためには、AI導入委員会や情報システム戦略会議のような「翻訳する場」が必要だと述べました。
第4回では、その場において、社長が判断できるように論点を整理して渡すCIO機能の重要性を論じました。
最終回で申し上げたいのは、これらを貫く結論は一つだということです。
DXに必要なのは、AI案件そのものではありません。
社長が最後に決められるようにするための、意思決定の仕組みです。
多くの会社では、DXやAI活用の議論になると、どうしても「何を導入するか」に関心が集まります。
どのAIツールがよいのか。
どのベンダーが安全なのか。
どの部門から始めるべきか。
もちろん、こうした論点も重要です。
しかし、それ以前に問わなければならないことがあります。
それは、その会社は、AI案件を経営判断に変換する仕組みを持っているのかということです。
この仕組みがない会社では、いくらAI案件が増えても、DXにはつながりません。
現場は前向きに提案する。情報システム部門は案件対応に追われる。ベンダーは次々と提案してくる。
社長は多くの資料に目を通し、「うちの会社もずいぶん進んできた」と感じる。
しかし一年後に振り返ると、導入件数は増えたのに、会社全体として何が変わったのかが見えない。
この光景は、決して珍しくありません。
なぜそうなるのか。
理由は単純です。
案件が増えたことと、意思決定の質が上がったことは、別だからです。
DXとは、単に新しい技術を取り入れることではありません。
経営が実現したい方向に沿って、業務の流れ、組織の役割分担、情報の持ち方、判断の仕方を変えていくことです。
だとすれば、DXの核心は、ツールそのものではなく、何を変えるかを決める仕組みにあります。
社長は最後に決める存在です。
これは変わりません。
会社の将来に責任を持つのは社長だからです。
しかし、社長が最終決断をするためには、その前に会社の中で、提案を整理し、意味づけし、選択肢として整えるプロセスが必要です。
現場の提案をそのまま上げるだけでは足りない。
ベンダーの提案書をそのまま比較するだけでも足りない。
個別部門の困りごとを、そのまま全社投資の理由にしてしまっても足りない。
必要なのは、その案件がどの経営課題に効くのかを見極めることです。
他部門と束ねられるのかを考えることです。
個別の道具導入で済むのか、それとも業務構造の見直しが必要なのかを判断することです。
試行導入でよいのか、本格導入すべきなのかを見極めることです。
そして、費用、効果、リスク、運用責任を整理したうえで、社長が決めるべき問いの形に整えることです。
これが、意思決定の仕組みです。
この仕組みがある会社では、AI案件は単なる便利ツールの話で終わりません。
現場から出てきた提案が、経営課題との関係の中で再解釈されます。
似た課題は束ねられ、重複投資は減り、会社として優先すべきことが見えてきます。
社長は、流行や印象ではなく、整理された選択肢の中から最終決断ができるようになります。
逆に、この仕組みがない会社では、AI案件は増えれば増えるほど混乱します。
現場は「提案したのに採用されない」と感じる。
経営は「案件は多いが、何が重要なのかわからない」と感じる。
情報システム部門は「どれも急ぎだと言われて整理しきれない」と疲弊する。
ベンダーだけが嬉しそうに次の提案を持ってくる。
この状態では、DXどころか、意思決定の疲弊が進むだけです。
私は、AI時代に必要なのは、「社員にAIを使わせること」ではないと思っています。
必要なのは、会社として、AIを使って何を変えるのかを決められることです。
そのためには、現場の自動化要望を尊重しつつも、それをそのまま導入案件にしないことです。
経営の期待を翻訳する場をつくることです。
CIO機能、あるいはそれに準ずる役割によって、技術、業務、リスク、費用対効果を整理することです。
そして最後に、社長が責任ある決断を下せる状態をつくることです。
結局のところ、DXとは、技術導入の話ではありません。
経営の意思を、業務の現場に実装する仕組みの話です。
AIは、そのための有力な道具にはなり得ます。
しかし、仕組みがなければ、ただの流行で終わります。
AI案件が多い会社が成熟しているのではありません。
AI案件を経営目的に照らして選別し、統合し、優先順位付けし、最終的に社長が責任を持って決断できる会社が成熟しているのです。
社長が最後に決める。
その前に、会社がきちんと整理する。
この当たり前のことを仕組みにできるかどうか。
そこに、DXが進む会社と、AI導入だけで終わる会社の分かれ道があります。
合同会社タッチコア 小西一有
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