
前回は、35歳で失われるのは若さではなく「違和感」である、というテーマで書きました。
問題は年齢そのものではありません。
問題は、会社の型に馴染みすぎることで、いつの間にか何も問わなくなることです。
若い頃には、多くの人が素朴な違和感を持っています。
「なぜ、この会議は毎週行われているのでしょうか」
「この資料は、本当に意思決定に使われているのでしょうか」
「なぜ、お客様への説明よりも、社内説明の方が大変なのでしょうか」
「この仕事は、本当に価値を生んでいるのでしょうか」
しかし、組織の中で時間を過ごすうちに、その違和感は少しずつ削られていきます。
問いを立てるより、まず従った方がよい。
違和感を言葉にするより、空気を読んだ方がよい。
強く振るより、当てにいった方が安全である。
こうして社員は、会社の中で上手に振る舞う力を身につけます。
しかし同時に、事業を変える一打を打つ力を失っていきます。
この連載で申し上げてきたことは、決して新入社員研修そのものを否定するものではありません。
ビジネスマナーは必要です。
報告・連絡・相談も必要です。
コンプライアンス教育も必要です。
会社のルールを理解することも必要です。
上司や同僚との適切なコミュニケーションも必要です。
何も教えずに現場へ配属することが、良い人材育成であるはずがありません。
しかし、それだけで人を育てたつもりになってはいけない、ということです。
新入社員研修で教えられていることの多くは、組織の中で失敗しないための作法です。
失礼のない言葉遣い。
上司が安心する報告。
関係者を不快にさせない調整。
前例から外れない仕事の進め方。
会議で浮かない発言。
問題を大きくしない振る舞い。
これらは、たしかに大切です。
しかし、こればかりを教えられた社員は、どうなるでしょうか。
ミスをしない社員になります。
報告のうまい社員になります。
上司に安心される社員になります。
社内調整に長けた社員になります。
会議で無難に振る舞える社員になります。
しかし、事業を変える社員にはなりにくい。
野球に例えるなら、バットには当てることができる。
空振りはしない。
フォームも整っている。
監督からも怒られにくい。
しかし、打球は弱い。
試合を変える一打にはならない。
つまり、凡打です。
企業が本当に育てるべきなのは、ミスをしない打者なのでしょうか。
それとも、試合を変える一打を打てる打者なのでしょうか。
ここで、ひとつ誤解を避けておきたいと思います。
私は、全社員がホームランバッターになるべきだと申し上げているわけではありません。
むしろ、全社員がホームランバッターになってしまえば、会社組織は成立しません。
私がここで言うホームランバッターとは、いわばイノベーション人材です。
既存の前提を疑い、古いルールに異議を唱え、過去の成功パターンを壊し、新しい事業や業務の構造をつくろうとする人材です。
こうした人材は、企業にとって不可欠です。
しかし同時に、破壊的な存在でもあります。
全社員の半分以上が、毎日「そもそも、この業務は必要なのでしょうか」と言い始めたら、会社は回りません。
全員が会議の意味を問い直し、承認プロセスを疑い、既存のルールを壊そうとすれば、組織は疲弊します。
企業には、安定運用を担う人材も必要です。
品質を守る人。
手順を守る人。
日々の業務を確実に遂行する人。
関係者を調整する人。
現場を支える人。
こうした人たちがいなければ、会社は成り立ちません。
したがって、イノベーション人材は、全社員の2割程度でよいのです。
多くても3割以内でしょう。
むしろ、それ以上になると、会社は常に破壊と再構築の渦の中に置かれ、日々の業務を安定的に進めることが難しくなります。
では、新入社員全員にホームランバッターを目指すような教育をしてはいけないのでしょうか。
私は、そうは思いません。
なぜなら、全員に問いを持つことを教えても、全員がイノベーション人材になるわけではないからです。
全員に構造を読む力を教えても、全員が構造改革を志向するわけではありません。
全員に強く振ることの意味を教えても、全員がフルスイングを選ぶわけではありません。
不思議なことに、イノベーション人材は自然に一部に収まります。
おおむね2割程度です。
多くの人は、安定的に業務を回すことに力を発揮します。
ある人は、品質を守ることに向いています。
ある人は、現場改善を地道に積み上げることに向いています。
ある人は、人と人の間を調整することに向いています。
そして一部の人が、既存の前提を壊し、新しい構造をつくることに向いています。
だからこそ、新入社員研修で大切なのは、全員をイノベーション人材にすることではありません。
大切なのは、イノベーション人材の芽を、早い段階で潰さないことです。
ここを間違えてはいけません。
社員研修で教えるべきなのは、単なる作法だけではありません。
仕事の構造です。
価値はどこで生まれているのか。
顧客は何に対してお金を払っているのか。
この会社は、どのような強みによって選ばれているのか。
誰が何を決めているのか。
どこで意思決定が止まっているのか。
どの業務が顧客価値につながっているのか。
どの業務が社内都合で増殖しているのか。
どこに調整コストが発生しているのか。
どの会議が意思決定の場で、どの会議が単なる儀式なのか。
どのルールが品質を支え、どのルールが変化を妨げているのか。
こうしたことを、新入社員の段階から教えるべきです。
もちろん、入社直後の若者が、すぐにすべてを理解できるわけではありません。
現場経験もありません。
顧客の事情も分かっていません。
会社の歴史も分かっていません。
業界の力学も十分には理解していません。
だからこそ、教える必要があるのです。
「まずは黙ってやりなさい」ではなく、
「この仕事がどの価値につながっているのかを考えながらやってみましょう」と教える。
「会社のやり方を覚えなさい」ではなく、
「なぜこのやり方になっているのかを考えてみましょう」と教える。
「疑問があれば上司に確認しなさい」だけではなく、
「疑問を持ったら、それを業務構造や顧客価値と結びつけて考えてみましょう」と教える。
「報告・連絡・相談を徹底しなさい」だけではなく、
「何を誰が決めるために、どの情報を共有する必要があるのかを考えましょう」と教える。
この違いは大きいのです。
前者は、社員を組織に順応させる教育です。
後者は、社員が組織を理解し、必要に応じて変えられるようにする教育です。
社員研修は、会社の空気に慣れさせる場であってはなりません。
仕事の構造を理解させる場であるべきです。
特に重要なのは、「問いを持つこと」を歓迎することです。
ただし、問いを持つことは、何でも自由に批判することではありません。
思いつきで否定することでもありません。
現場を知らずに正論を振りかざすことでもありません。
問いには、責任が伴います。
なぜそう思ったのか。
どの業務プロセスを見て、そう感じたのか。
顧客価値との関係で、何が問題なのか。
そのやり方を変えると、誰にどのような影響が出るのか。
代替案はあるのか。
短期的な混乱と長期的な価値を、どう比較するのか。
こうした観点で考えられるようにすることが、教育です。
未熟な問いを、未熟なまま放置してはいけません。
しかし、未熟だからといって潰してもいけません。
若者の違和感を、仕事に耐えうる問いへと鍛える。
素朴な疑問を、業務改革の仮説へと育てる。
言いっぱなしの意見を、実行可能な提案へと磨く。
これこそが、社員研修の重要な役割ではないでしょうか。
では、イノベーション人材を育てる研修とは、どのようなものなのでしょうか。
それは、決して「好き勝手にやらせる研修」ではありません。
むしろ逆です。
イノベーション人材を育てるには、基礎が必要です。
現場を見る力が必要です。
顧客を見る力が必要です。
自社の強みを理解する力が必要です。
業務の構造を読む力が必要です。
どの問題に取り組むべきかを判断する力が必要です。
そして、ここぞという場面で強く振る勇気が必要です。
企業で言えば、これは次のような力です。
顧客を見る力。
市場を見る力。
業務構造を見る力。
意思決定の構造を見る力。
自社の強みと弱みを理解する力。
どの問題に取り組むべきかを見極める力。
そして、必要なときに提案し、実行する力。
こうした力は、単なるマナー研修では育ちません。
単なる報連相研修でも育ちません。
単なるコンプライアンス研修でも育ちません。
それらは必要ですが、それだけでは足りないのです。
新入社員研修の設計を変えるなら、たとえば次のような視点を入れるべきです。
第一に、自社の価値提供構造を教えることです。
この会社は、誰に、どのような価値を提供しているのか。
顧客は何に困っていて、なぜ当社を選んでいるのか。
どの業務がその価値提供を支えているのか。
新入社員が最初に知るべきなのは、社内ルールだけではありません。
自社が顧客に対してどのように価値を生んでいるかです。
第二に、業務プロセスの意味を教えることです。
単に「この手順でやりなさい」と教えるだけでは不十分です。
なぜその手順なのか。
どこで品質を担保しているのか。
どこでリスクを下げているのか。
どこで顧客価値に接続しているのか。
手順の背後にある意味を教える必要があります。
第三に、意思決定の構造を教えることです。
誰が何を決めるのか。
どの情報がなければ決められないのか。
どの会議が意思決定の場なのか。
どの会議が単なる情報共有になっているのか。
なぜ承認に時間がかかるのか。
これを教えなければ、新入社員は単に「上司に確認する」ことだけを覚えます。
第四に、調整コストを見抜く視点を教えることです。
なぜ社内調整が増えるのか。
なぜ部門間で話がかみ合わないのか。
なぜ同じ内容を何度も説明しなければならないのか。
なぜ会議が増えるのに、決定は進まないのか。
こうしたことを考えられるようになれば、若手は単なる作業者ではなく、業務改革の担い手になっていきます。
第五に、問いを提案へ変える訓練をすることです。
「おかしいと思います」で終わらせない。
「なぜおかしいのか」を考える。
「何に影響しているのか」を整理する。
「どう変えればよいのか」を提案する。
「誰を巻き込む必要があるのか」を考える。
違和感を言葉にし、構造化し、提案へと磨いていく。
これが、イノベーション人材を育てるための教育です。
ここまで書くと、「新入社員には難しすぎる」と思われるかもしれません。
確かに、最初から高度な経営判断を求める必要はありません。
新入社員に、いきなり事業戦略を立てさせる必要もありません。
しかし、難しいから教えない、という考え方こそが問題です。
最初から完璧にできなくてもよいのです。
大切なのは、仕事を見る視点を早い段階で与えることです。
作業として仕事を見るのか。
価値提供の一部として仕事を見るのか。
指示として仕事を見るのか。
構造の中の役割として仕事を見るのか。
上司に言われたこととして仕事を見るのか。
顧客価値につながる活動として仕事を見るのか。
この違いは、時間が経つほど大きな差になります。
新入社員の頃に「会社の空気を読むこと」ばかり学んだ人は、やがて空気を読むことに長けた社員になります。
新入社員の頃に「仕事の構造を読むこと」を学んだ人は、やがて事業を変える可能性を持った社員になります。
入口の教育は、それほど重要なのです。
また、構造を教える教育は、全員を破壊者にする教育ではありません。
安定運用に向く人は、より意味を理解して業務を担うようになります。
品質を守る人は、なぜその品質が顧客価値につながるのかを理解できます。
改善に向く人は、現場の無駄を見つけやすくなります。
調整に向く人は、単なる根回しではなく、意思決定の構造を理解して動けるようになります。
そして、イノベーション人材は、自分の違和感を潰されずに育つことができます。
つまり、構造を教える教育は、全員をホームランバッターにする教育ではありません。
それぞれの適性を、より高い水準で発揮させる教育なのです。
企業が本当に「自律型人材が必要だ」と言うのであれば、新入社員研修から変えるべきです。
企業が本当に「イノベーションが必要だ」と言うのであれば、若者の違和感を潰してはいけません。
企業が本当に「変革人材を育てたい」と言うのであれば、失敗しない作法だけを教えていてはいけません。
もちろん、空振りは怖いものです。
三振もあります。
失敗もあります。
周囲との摩擦も起きるでしょう。
しかし、空振りを恐れる組織から、イノベーション人材は生まれません。
本当に必要なのは、無責任な自由ではありません。
構造を理解した上で、強く振ることを許す環境です。
勝手に動く社員ではなく、自ら考えて動ける社員。
空気を読まない社員ではなく、構造を読んだ上で必要な問いを立てられる社員。
前例を軽視する社員ではなく、前例の意味を理解した上で更新できる社員。
そういう社員を育てることが、本来の社員研修ではないでしょうか。
最後に、もう一度問いを置いておきます。
新入社員研修は、若者を育てているのでしょうか。
それとも、若者を扱いやすい社員に加工しているのでしょうか。
社会人に育てることと、強く振れない社員にしてしまうことは違います。
企業が本当に育てるべきなのは、ミスをしない打者だけではありません。
試合を変える一打を打てるイノベーション人材です。
ただし、その人材は全社員である必要はありません。
2割でよいのです。多くても3割以内でよいのです。
しかし、その2割の芽を、新入社員研修の段階で潰してはいけません。
企業に必要なのは、全員をホームランバッターにする教育ではありません。
しかし、ホームランバッターになり得る若者に、最初からバントの構えだけを教えてはいけないのです。
合同会社タッチコア 小西一有
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